何か、聞き違えたように思えた。
「えっ……何? 死んだ?」
「そう。私は死人」
 表情は柔らかくても、声は冷気のように冷え切っていた。
「〈死神〉は死んだ人の中から無造作に選ばれるものなの。死んだ理由は関係ない。体を離
れ、魂が黄泉へ行くその瞬間になれるの」
「……」
「何か言ってよ。何だか寂しくなる」
 口を開くのさえ重く感じる錬。
「……今のお前は魂なのか?」
「そう、だね。体はもう墓の中。霊感ある人は目で見れるし、触れるけれど」
「……だからその体に傷がつかなかったのか」
 目の前にいる少女に体はないのだ。人間みたいに骨や血、肉が存在しないため、傷つけら
れてもそれらが飛び出す事がなかったのだ。
 未来は静かに首肯する。
「お前もいろいろ大変だな」
「けれど、やらなければならないから」
 未来の目は決意を持っていた。
 どんな壁に阻まれようと、やりとげようとする決意が。
 だからこそ、錬は彼女が強いと思える。
 未来はどんな状況になっても信念を失わない。その確信を得られるものが彼女から溢れて
いるからだ。
「……」
 それを錬は声に出すと癪だと思い、心の中で尊敬した。
「でもさ、じゃあお前はなんで死んだんだ?」
「聞かないで」
 明確な拒絶。
 射抜くような視線に錬は怯える獲物のように固まり、次いで目を逸らした。
 錬は窓の先を見ながら、ある理解を得ようと思考を巡らす。
 160センチと小柄で、光沢のある黒髪を腰まで伸ばしたその容姿は空を飛ぶ蝶のように
可愛らしく錬より年下に見える、のだが……、どこか錬と同じような歳に感じられる。
 重ねているからか。それとも。
 見た目だけでは判断できないので、仕方なく錬は未来に尋ねた。彼女のあの目つきは一時
的なもので、今は消えている。
「お前、歳いくつ?」
「女の子に歳聞くとは」
 未来は顔を膨らませた(それがなんとなく幼さをひきたてている)。
「い、いや。ちょっと気になったんだよ」
「あっ、そう。16かな、今年で17だけど」
「同じ歳なのがとてもびっくりだ……。それで、お前は死んだ時もその姿だったのか?」
「ううん。私が死んだ時にはもう少し伸長がなかった」
「何? 成長しているのか?」
 錬は死んだ時から姿を留めたままだと思っていたが、その点では普通の人間と変わりないらしい。
 しかし、その説明を未来に求めていたのだが、
「う〜ん。そこについてはいろいろと説明するのがめんどくさいからパス」
 と、手首を払うように揺らして拒否した。
「ひでえな……まあいいや」
 なぜだか、未来がそうやって言うだろうと予測できた。その上、ここまで教えてもらえた
のが不思議に思えるくらいだ。
「そうだな……もう聞く事はないか」
「じゃあ、もう寝ようか」
 未来が示した時計を眺めると、時刻は9時を回っていた。まだ疲れはそこまで溜まってい
ないが――それがおかしいのだが――寝たい気持ちになってくる。
「俺は構わないけどな……一体どこで寝るつもりだ?」
「私は眠る必要がない」
 わずわらしいように、未来は返事を突き返した。
 容姿でつい人間のように捉えてしまう錬は苦笑して謝ったが、だったらなんで眠ろうとか
言い出したのか気になった。
「じゃあどうするつもりだ? 話し相手なら乗ってやるけどな?」
「欲しいけど欲しくない気分。見張るぐらいだねぇ」
「見張るって……、まさか!?」
 未来はうん、と首を上下に。
「君の部屋、上がらせてもらうよ」
「無理! 絶対無理!!」
 壁を突き破る勢いで錬は叫び、拒んだ。
「女の子を部屋に上がらせるのは俺が許せん!」
「なんで? 別にいいじゃん」
「駄目なんだよ! 特にお前にはな!」
 あそこには大切な物が置いてある。その中には未来には見られて欲しくない物があるのだ。
 何にも知らない未来は首を傾げる。しかしその後、奇怪な眼差しを向けてきた。
「ん〜? もしかしてエッチな本とかあるの〜?」
「い、いや、違うぞ!」
「あれれ〜? 本当なんじゃないのかな〜?」
 にやけた笑顔を見せる未来に、どう言い返せばいいのか分からなくなった錬は話の接ぎ穂
を強引に切り替えた。
「第一、何で見張るつもりがあるのさ。誰か1人でもいればいいんじゃないのかよ」
「……」
 未来は少し黙った。張り付いた笑顔に、どこか冷や汗が垂れている。
「……何もないのに俺の部屋入ろうとしたのか?」
「……」
「……お〜い?」
「う、うるさいもん! 見たかっただけだもん!」
「お前の方が思考回路おかしんじゃないのか!?」
 まるで小さな子供のようだ。
 立場が逆転した錬はここぞとばかりに責めようとしたが、やめた。未来の涙ぐむ姿にちょっ
としたときめきを抱いたからだ。
 変な空気が流れる中、先に口を開いたのは未来だった。
「また〈吸魔〉の調査するんだけどさ」
 ……話を変えて自分への疑惑を遠ざける――というかなかった事にしたいらしい。
「明日はちょっと君も来て欲しいのだけど」
「調査にか? 俺明日も学校なんだけど」
「帰りでいいよ。学校で迎えるから」
 誰かに見つかるんじゃないか、と出かかった言葉を錬は噤んだ。彼女は人間から見えない
存在なのである。
 代わりに、別の疑問を声に出した。
「何でだ? 1人でもやってたじゃないか」
「ん〜、まあね。けれど君がいたほうがはかどるんじゃないか、ってね。君、〈吸魔〉に狙
われているし」
「俺は餌なのかよ」
「そういうわけじゃないんだけど。第一私がいる時点で〈吸魔〉は襲ってこないからね」
 錬は思い出す。〈吸魔〉が襲ってくる前提は1人でいる時だった。あの時も1人でいたか
ら生死のかかった逃走劇を繰り広げていたのだ。
 錬1人では、逃げるしか出来ない役立たずだった。
 自分の立場を感じて、錬は数秒固まる。
 未来はその変化に気づかない。
「とりあえず君は明日の午後は私と一緒ね。分かった?」
「……あ、あぁ」 
 曖昧な回答に未来の眉が吊り上がる。
「ちょっと。これは重要なんだよ? 早く〈吸魔〉の本体を突き止めないと死者が増えちゃ
うんだから」
「今頃思った。本体って何だよ」
 欠片はついさっき出会ったからどんなものかは把握している。しかし、未来の言う『本体』
は何にも聞かされていない。
 未来はあれ? と顔に書かれたような表情を浮かべた。どうやら言ったつもりで進行して
いたらしい。
「本体は全ての事件の元。欠片があったら、必ず本体が人に寄生しているのが道理なの」
「それは聞いた。俺が知りたいのはその本体の姿だよ」
「そっちね。 〈吸魔〉の姿は人間だよ」
「……は?」
 未来の言葉に疑問を感じたが、錬はその理由が述べられそうな気がした。
  〈吸魔〉は元より霊的存在なのだ。守護霊とか怨霊とかは人に憑いたりする。それと同じよ
うなものなのだろう。
 それだと、錬は他に気になる事がある。
「お前さ、一体どうやって本体を探しているんだ?」
 人間なんてこの町に何万といる。その中から特定の人物を探し出すのは、ごみ山から宝を
探すようなものだ。
 未来は特に難しい顔をせず、一言。
「探し方はあるの。その説明はまた明日ね」
 立ち上がり、未来は廊下をスタスタと自分の家のように歩いていく。
 どこ行くのかな、と錬はその姿を追っていたが、途中で自分の部屋に足ガ向っている事に
に気づいた。
「おい待て! 自然な流れで俺の部屋行こうとするな!」
「え〜」
 振り返った未来は口をへの字に曲げている。
「いいじゃん。私は君がどういう人物でも嫌いになったりしないよ?」
「そういう問題じゃないんだよ!」
 肩を掴んでリビングに引き戻す間にも、未来は不満の声を漏らし続ける。
「だって暇なんだもん。私君が寝ている間ずっと起きてなきゃならないんだよ?」
「だったら夜空でも見てろ。俺の部屋にはくるな」
「何なのその言い方……ん?」
 未来はぴくりと震わせて、窓――正確にはその向こうを凝視していた。
 錬も彼女の視線を追ってみるが、そこにはオリオン座の一等星が輝いているだけで特に変
わったものは見えない。
 しかし、未来の目は鋭かった。
「〈吸魔〉が出た。場所は近い……かな? ちょっと見てくる」
「行ってらっしゃい」
 錬が無感情の声で手を振っていると、未来から少し冷めた視線を向けられる。その後彼女
は窓に歩み寄って開放し、そこから飛び降りた。
 手を下ろし、錬は未来が出て行った窓を見つめながら、
「あいつは飛び降りるのが好きだな、絶対」





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