「それじゃあな」
「うん、また明日」
和真、宗助と途中で別れ、錬は天文部の女子2人と帰宅していた。
宗助は注文していた天体望遠鏡が届いたらしいから、と言って学校に向った。自分で確認し
たいらしい。和真もその付き添いで行った。
「だけど……錬は行かなくてよかったの?」
「ん? ああ、いいんだ。ちょっと用事があったしな」
と言うが、実際錬は用事などなく、一緒に見に行きたかった。
しかし、和真と宗助は帰路が正反対だ。そうなると帰り道に〈吸魔〉の欠片たるものに襲わ
れかねない。だから見に行けなかったのである。
「……本当は行きたかったんじゃありません?」
「……まあな。けどいいんだよ」
天体望遠鏡が、自分の死と変えられるものではない。
「どうせ明日には見られるし」
「そうね。どんな物なのかな〜?」
「……確か20口径……とか。性能のいいものらしい……ですよ」
20口径。それを聞いて錬は舌を巻いた。
それは天体望遠鏡で30万はいく値段だ。そんな金を一体どこから出費したのか、錬は興味
を注がれた。
「へぇ、やるじゃん宗助。……あっ、そうだった! ごめん先帰ってて!」
いきなりパンと手を叩いた琴は早口で言うと近くにあった脇道に滑り込むように駆け込んで
いった。
どだどだどだどだ、と女の子が走るにしてはおかしい音が過ぎ去って、錬と唄奈は顔を見合
わせる。
「何かあったんでしょうか?」
「……さあ?」
奇抜な行動をする琴は何考えているかいつも分からない。
それが彼女の善し悪しでもある、悪いとばっちりを受けているのは必ず宗助だけだから錬は
気にするものでもない。
2人はそそくさと道を進む。
「天文部って、楽しいですよね」
「……どうしたいきなり?」
藪から棒に唄奈がそんな事を言ったので、思わず錬は彼女を見た。
唄奈は真っ直ぐだけを見つめていた。歩を進めるたびに優しく髪が揺れている。
「いえ……男女なのにここまで仲良くなるって普通はないと思うんですよね」
「ん〜まあな」
同姓なら受け入れられる事も、異性には無理なんて当たり前にある。それで意見が衝突し、
口げんかになるかもしれない。
「天文部は私が星好きだから入ってみたのですが……みんな心優しくて新入生の私をとても歓
迎してくださったのをとても覚えています」
「当たり前だろ。唄奈は天文部の人が何人かぐらい分かっているだろ?」
「……4人」
クスッと唄奈は小さく笑った。
「でも、少ないからこその結束力、なんですよね」
「かもな」
そろそろ分かれ道に差し掛かろうとした時、唄奈が声で引き止めた。
「……待ってください。今からお時間いただけますか?」
「ああ〜、いいけど?」
「ではちょっと」
錬の手を握り、引っ張っていく。一瞬錬は繋がれた事に恥ずかしさを感じていたが、手袋越
しだと気づいてげんなりした。
その状態のまま公園の前まで行くと、その中に入ってベンチに座らされる。
「ちょっと待っててもらえますか?」
「分かった。で、何?」
「後で分かりますよ」
と言うと、唄奈小走りで公園を出て行った。何がなんだか分からない錬はどうしようもなく
空を見る。夕焼けが目に染みた。
「まだ大丈夫か……」
暗くなってから襲われる、らしい。まだ街灯も点いてないのだから1人になっても心配する
必要はない。
自分は死ぬ、のだろうか。
可能性は大いにある。狙われているのが事実なら、それはどうあろうと逃げられるものでは
ないだろう。
結局、その時その時なのだから。
「……あ〜あ」
錬は後ろ向きに考えているような気がした。
悪い方向に考えてもしょうがない。錬は空の見すぎで疲れた首をごきごき鳴らした。
それにしても、この前までは非現実の存在をことごとく否定していたくせに、今はすんなり
と受け入れている気がする。自分が危ない立場にあると知ったからだろう。
「人の理から外れた存在、か」
錬はぼそっと言う。
そうと言えば、今朝出会った少女もその類に入ると言っていた。
傍から見れば普通の人間にしか見えないが、大きな鎌を自在に操り、体には傷1つつかない
〈死神〉と呼ばれる存在。
彼女を信頼できるわけでもないが、本当は自分のすべき事があるけど、自分のために捨てて
いるのではないか。そんな気がいつもしてしまう。錬は自分を守ってもらう事に気兼ねを感じ
ていた。
だからこそ、心配をかけたくない。
「……ん?」
ふと公園の出入り口に視線を戻すと、そこに見慣れた姿があった。今まさに通り過ぎようと
しているその人物に声をかける。<
「お〜い、琴〜!」
振り返った琴はちょっと目を丸くして、それから茶色いポニーテールを活発に揺らしながら
走り寄てきた。
「誰かと思えば錬じゃん。なにやってんの?」
「ん、まぁ自分の人生の行き先を考えていた」
「……随分と現実的だね」
即席に出た言葉だが、まんざら嘘でもない。
「で、琴は何をしに俺たちと別れたのさ?」
「ん〜これ」
と言って差し出されたのは梱包された小さな箱だった。
赤紙で包められたプレゼントのような箱だ。外からでは何が入っているのかが分からない。
錬は迷惑かな、と思いつつ聞いてみる。
「何が入ってんの?」
「星座のキーホルダー。あいつの星座のね」
「宗助か」
錬はついつい出た笑みを手で隠す。琴の言うあいつとは宗助しかいないのだ。
「あのね、これ販売が今日までだったの。あいつ、欲しいとか言ってたし。たまには、と思っ
てね」
「たまにはどころじゃないだろ。ていうかいつも2人でいるんじゃないのか?」
その言葉の意図が分からず琴はキョトンとしていたが、やがて顔をりんごのように真っ赤に
染めて叫びだした。
「な、なな何を言ってるのよ!? 宗助と私が恋人なんてわけないでしょ!!」
「あれ? 俺そんな事言ったっけ?」
「あっ……」
数秒ほど詰まる琴。
「そ、その言い方じゃあそうなるでしょ!!」
「あ〜、まあな。いやぁ、帰り道正反対なのに一緒に帰る風景を見たものだからついね」
「そ、そうよ。何いきなり意味不明な事を言ってんだか……」
「腕に抱きついていたよな。あれは」
「……見てたの?」
「見てない」
錬はでたらめを言う。
袋小路に陥った琴はいかにも湯気が湧き上がりそうな勢いになって、体を振動させている。
地響きまでしてきしそうだ。
「錬、あんたね……」
来るか!? と錬がいつしか宗助に教えてもらった、壁も突き破る威力の鉄拳に鎌えを撮ろ
うとした時。
「錬さ〜ん。お待たせしました〜」
間延びした声と共に、唄奈が何か手に持ってやってきた。
2人は張り詰めた雰囲気のまま唄奈を見たため、彼女は居場所を失った猫みたいに体を硬直
させた。それからさっきはいなかった人物に目を向ける。
「……あれ? 琴さん?」
「ナイスタイミング!」
錬は声を一段と張り上げた。場の空気が一気に崩れ、琴は唄奈の登場に脱力したのか額に手
を置いてはぁ、と吐息を漏らしていた。
「……もう疲れた。帰るね」
「あれ、琴さんどうせならお話でも……」
「よしとけ。彼女の楽しみを邪魔しちゃまずい」
うるさぁい! と冬なのに顔をかなり火照らせて、琴は逃げるように公園を去っていった。
何も知らない唄奈は小首を傾げる。
「……何か言ったんですか?」
「いや、何も」
非難するような視線を向ける唄奈。そこから逃れるように錬はあさっての方を向いた。
「まあいいですけどね。とりあえずこれ、どうぞ」
唄奈は手を差し出した。その手にあったのは茶色い饅頭だった。
遠慮なく錬がそれを手に取り、そのまま食べる。くどくない甘さが広がって、それが黒糖の
生地と相まっていた。
「おいしいな」
「よかった……」
もごもごさせながら錬が感想を口にすると、唄奈はほっと胸をなでおろした。
「錬さんの口に合わなかったらどうしようかと……」
「俺、和菓子は嫌いじゃないぜ。ていうか唄奈はなぜこれを?」
「最近見つけたんですよ。ちょっと道の陰になっていて探しにくいのですが」
その口ぶりからすると、唄奈は和菓子が好きらしい。彼女はおとなしそうな印象を受けるの
で、それが驚くぐらいに合わさっていた。
唄奈も自分の和菓子を取り出して、錬の横に座って食べ始めた。ゆっくりと小さい口を開け
て食べる姿は小動物のようだった。
「しかし……どうしたんだ? 今日はやけに誘うっていうか……」
「え?」
「なんていうかさ……、部活の奴らといる時はあまり会話しないよな」
部活中での唄奈はおとなしく、どちらかというと黙っているほうが多く、分からない事を聞
いてくるなのだ。ついでに宗助、琴、和真より錬のほうが接する時間が多い。
唄奈は目をぱちくりさせた後、微笑んだ。
「そうですね……錬さんだと話しやすいんですよ」
「……なんか照れるような言い方だな」
錬が肩をすくめると唄奈の笑みが一層強まる。彼女の髪がやんわりと揺れていた。
「今日誘った理由は……なぜでしょう? ただ……壊れてしまう気がしたんですよ」
「……何が」
「今、です」
唄奈はその言葉を強調する。
「今が壊れて欲しくないんですよ。永遠とは言えないけれど、せめて今は」
錬は饅頭を口に運ぶ手を止めた。
錬は気づいた。自分が〈吸魔〉に狙われていて、それが唄奈達を巻き込む可能性がいつでも
ある事に。
『今』をまだ保ててはいるが、それがいつ壊れるのかが全く予測出来ない事に。
5年、10年、あるいはそんな日はないかもしれない。だが、それは逆に1ヶ月、1週間、
最悪明日には起きるのかもしれない。
錬は目を閉じ、自分の心を確かめた後にゆっくりと開く。
守りたい。
自分のせいで知り合いが巻き込まれるのなんて、そんな結末迎えたくない。
「壊さない」
前を見据えて言う。
「絶対に壊させない。お前の言うものをな」
錬が思わないほどに、その声は公園中に響いた。
唄奈は数秒固まって、頬をほんのり紅く染めて下を向いていた。錬がそんな彼女が気になり
声をかけようとしたが、それよりも先に立ち上がる。
「わ、私もう帰りますね!」
早口で、唄奈は危なっかしく道路に飛び出していった。
「……何か変な事言ったかなあ」
錬は饅頭の欠片を飲み込んで、錬は首を動かす。いつの間にか辺りは電灯だけが光を灯す暗
闇となっていた。
……暗闇?
「……」
錬は自分が何か取り返しのつかない失態を犯した気がして、時計を見る。
間違いのない電波時計が知らせる時刻は無情だった。
6時20分。すでにこの時期『夜』と言える時間。