夕日が水平線に沈みこみ、代わりに満月がビルの隙間を縫うようにして顔を覗かしていた。
 錬を除く天文部の4人はやるべき事を終え、それぞれぼけ〜と気の抜けた表情をしながら月
を見ていた。
 唄奈も混じって月を見ている。月というのはクレーターの模様でいろいろな言い伝えがある
からおもしろいのだ。
「宗助〜」
「ん〜?」
「終わらない? 星はともかく月はどこで見ようと変わらないのよ?」
「天文部の一環だぞ」
 何か固い物で殴る音が聞こえ、それ以降宗助の声がしなくなる。
「唄奈ちゃん。帰る〜?」
「……そうですね。星座の撮影は済ませましたし、ビデオ編集もまだ先の話ですからね」
 今、天文部が行っているのはビデオの作成だ。
 以前流星群を見た場所から毎日星空を撮影し、その記録をビデオにまとめて星の動きを知っ
てもらうために作成していた。ビデオの作成は唄奈が行い、撮影はいつもなら錬が行うはずだっ
たのだが……。
「今日錬さんいなかったですから宗助さんにやってもらったのですが……、やはり錬さんのほ
うが腕がいいですね」
 唄奈はただでさえ小さい体がさらに小さくなったようだった。
「比べちゃだめよ。錬は写真家並みなんだから」
 傍で倒れている宗助を見て哀れむ視線を向ける琴。
 それから楽しむように表情をにんまりとさせる。
「まあ唄奈ちゃん今日は錬が来なくて寂しかったでしょ」
 錬、と聞いて唄奈はゆっくり顔がほんのり赤く染まっていった。
「な、何を言い出すんですか!? べべ、別に寂しいとか思いませんよ!!」
 震えた声で反論すると、琴の顔がどんどんにやついていく。
「顔に表れちゃってるよ〜。うんうん。こんなかわいい子を射止めるなんて錬はさぞかし嬉し
いだろうなぁ」
「ふ、ふざけないでください!」
 叫びながら、唄奈は辺りを見回す。
 宗助はとりあえず琴の(実態を知るのがおそろしい)一撃を食らい気絶していて、和真は遠
くのほうで話に介入しない、という姿勢を保っていた。
 聞かれてない、と唄奈は心の中で安堵する。
「でさでさ、いつから想い始めたの?」
「だから違います!」
 言い捨て、唄奈は1つだけ置いてある机に載ってるビデオカメラに手を伸ばす。
 電源を入れると、青い画面の跡に今の部室の風景が映し出された。唄奈は操作をして、保存
された動画を呼び起こす。
 映されたのは満天の星空だ。
 今カメラに入っているのは11月のメモリーなので、冬の星空が画面いっぱいに広がってい
た。オリオン座からウサギ座。おおいぬ座とコイヌ座も映っている。エリだヌス座は全貌は明
らかにならないものの、その大部分が記録されていた。
 これらは全て、錬が取ったものだ。
(なぜでしょうねぇ……)
 これを見ていると、とても暖かくなる。
 ただの映像のはずなのに、美しいとか素晴らしいではなく、なんともいえない感情が奥底か
らこみ上げてくる。
「やっぱりうまいねぇ、錬は」
「うわぁ!?」
 横から覗き見していた琴に今更気づいた唄奈は、驚きのあまり手からビデオカメラを離して
しまう。
「あ」
「やば!?」
 ビデオカメラは半弧を描いて宙を飛んで行く。落ちたら2万は確定のカメラは錬の物だ。壊
したらただじゃすまないだろう。
 諦めた唄奈は覚悟をして目をつぶる。
 しかし、カメラが砕ける音はしなかった。
 和真の手に受け止められていた。
「あ……」
 和真は偶然飛び込んできたカメラを見つめ、無言で唄奈に差し出す。
「あ、ありがとうございます和真さん」
 90度頭を下げる唄奈に和真は無言で視線を浴びせる。
 その様子を見ていた琴が口を尖らせて言った。
「ちょっと和真。お返しを言いなさいよ」
「……」
 琴にも、その視線を浴びせた。
 ひくっ、と琴は喉を鳴らす。彼の目はそれほど強烈だったのだ。
「和真……どうかしたの?」
 問いかける声にも無視を貫き、和真はそのまま立ち去っていく。
 本来なら童顔の彼にあんなが冷たい態度をとるのは不自然だ。だが今は、それがとてつもな
く合理しているように見えた。
 冷たい雰囲気が似合うのは、おかしい。
「和真さん……どうしたのでしょうか」
 琴に聞こうとするも、時が止まったようにその場を動こうとしない。
「琴さん」
 名前を呼ぶと、意識が戻ったように肩を震わせ、顔を向けた。
「どうしたの唄奈ちゃん」
「さっきの和真さんですよ。どう考えたっていつもの彼じゃありません。昨日はなんともなかっ
たのに……、何かあったのでしょうか?」
 琴は真剣に考え始める。しばらくし、首を振った。
「私にはさっぱり。多分錬なら分かると思うけど……今はいないしね」
 いつにしては珍しく、琴は諦めの息を吐く。唄奈にしても和真の事はよく知らない。解決策
など到底見つからないのだ。
「あ、そうだ。宗助なら……、って今は無理か」
 琴は振り返り、のびている宗助を見て失笑した。
 宗助は相変わらず床に倒れこんでいる。目立った外傷はないものの、気絶しているのは確実
だろう。
「宗助を殴って失敗したなって思ったの。初めてだわ」
 ぽろぽりと頭を掻く琴。という事は彼女は今まで彼に対して遠慮という文字がなかったのだ
ろうか。
「宗助さん、何か知ってるのですか?」
「確かね」
 眉根を寄せて、琴は言う。それからすぐに、無理矢理の笑みを見せた。
「大丈夫って。和真も数日経てば元に戻るわよ」
 唄奈は彼女と同じように笑えず、下を向いた。
 気が気でならない。
 和真は温厚で人当たりのいい人物だ。面倒見がいいかとなると答えにくいが、決して悪い性
格の持ち主ではない。だから、ああいった冷徹な眼差しを向けるような人間ではない。
 変わってしまうまで、やな事があったのか。
(こんな時に錬さんがいたら……)
 なんだかんだで錬は頼りになる。和真と親友という間にあって、家族の次に理解できる人物
だと思う。それに彼は人のために何かをする人間だ。それには彼なりの理由があるらしい。唄
奈はそんな彼を尊敬したりしている。
 その錬は、今この場にいない。
 錬が急いで校門に向っていくのを唄奈は部室から眺めていた。彼は、駆けつけた門の前で誰
かに会っていた。
 遠くからでも見分けがつくほど鮮やかな黒髪を持った、黒マントの愛らしい顔たちをした少
女だった。服装は奇抜だったものの、容姿はとても可愛らしかった。その少女と錬は一緒に校
門を出て行った。
 それが何だったのか、かなり気になる。
(ってばかばか。錬さんがどう行動しようと関係ないんだから)
「唄奈ちゃん?」
「ひゃう!?」
 突然呼ばれ、唄奈は心臓が飛び出しそうになる。
 それを怪訝そうに伺う琴は、はは〜んと顔をほころばせた。
「ひょっとして錬の事考えていた?」
「ち、違いますよ! 何でそんな……」
「顔を赤いよ〜?」
「赤くなっていません!」
 意味不明の照れを隠すため、唄奈は琴にそっぽを向けた。そのまま窓側の星を眺める。
 星の美しい光に照らされながら、昨日の錬との会話を思い出していた。
(絶対に壊さない……か)
 唄奈は何かを感じていた。
 もうすでに、壊れ始めているのではないかと。
「錬さん……」
 誰にも聞こえないよう、最小限の声で。
「……私は、みんなといられる今を壊したくないんですよ」





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