未来が錬の道を先立って歩いていく。錬はその後をついていっている。何だか目線を下げな
いと全体が分からない少女の方が立場が上のように見えていた。
「で、どうやって探すのさ」
周りの喧騒にまみれるほどの小ささでささやく。未来は普通の人間には見えないため、独り
言喋っている孤独な人間に思われたくないからだ。
未来は煌びやかな髪を振りまくように顔を向け、答える。
「昨日の場所に行くの」
「昨日のって……俺が襲われた場所か」
「まあね。あそこ人目がつかないから助かるよ〜」
語尾を延ばした少女の言葉の意味が全く分からない錬は尋ねる。
「助かるって……何かしたのか?」
「うん。あそこに欠片を残しておいた」
騒がしい声が遠巻きに聞こえた。
一体何を考えているのかこの少女は。〈吸魔〉の欠片は危害を加えるはず。みすみす残して
いたらあそこを通る人間はどうなるのか(いないとは思うが)。
錬は止まらないよう足を動かし、やっと働いた思考で聞きなおす。
「ちょ、ちょっと待て。お前あの時処理したんじゃないのか?」
「まあね。けど必要かなって思って断片だけを残しておいた」
「やられる人間も出るんじゃあ?」
未来は「ないよ」と言って首を戻した。
「残したのは腕。頭とか胴体だったら危ないけど腕は簡単に言えばただの武器。武器には心は
ないからね」
それでも凶器には変わらないだろうと思う錬であった。
それでも、未来が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。後ろを歩き続けるのが嫌になった錬
は歩調を変え、未来の隣に並んだ。
「で、俺は何の意味があるんだ?」
「う〜ん。特にない」
「……」
錬は黙って右回れ右。そのままダッシュしようとした矢先に未来に肩を掴まれた。その体勢
は周りの人間からは奇異な目で見られるものだ。
「勝手に帰らないで」
「俺部活あったんだけど?」
ついいつもの調子で叫びそうになった錬は、ここがどこなのか思い出して小声で抗議した。
最初の声で、道端の注視を浴びる。
はっきり言って未来の連れ出しは強制連行に等しいものだった。放課後、部活終わってから
でも大丈夫だろとか思いながら窓辺を見たら、そこに未来が鎌を出現した状態で立っていたの
だ。生徒には見えないと思うが、あれを錬は来なかったら鎌で切り刻むぞ、とかいう無言の脅
迫と感じたのだ。
未来は不本意な様子で腕を振っていた。
「別に後でもよかったんだけど。でも調べている間に〈吸魔〉かその欠片が来ちゃったらどう
しようもないもん」
「だから、俺必要ないんだろ」
「いるの」
「なぜ」
「……」
「そこで無言になるな」
肩に疲れが溜まってきた。
錬は他人にぶつけないよう注意しながら肩を回す。ゴリゴリといい感触が伝わって、ちょっ
とした息抜きになった。
そのうちに未来は角を曲がり、錬もそれに習う。
自然と見覚えのある風景が飛び込んできた。ビルに挟まれた、日陰ばかりの裏道だ。昨日は
猛然と走っていたが、今はゆったりとした足取りで向う。
「君、大丈夫?」
いきなり足を止めて振り向いた未来に、錬は危うくぶつかりそうになる。
「な、何が」
「いや、もしかしたら怖がるんじゃないかなぁ、って」
「あれか? いい加減慣れた」
一昨日は初めてだったから体ががたがた震えていたが、昨日も会って次は3回目だ。慣れな
きゃおかしいほうだろう。
「大体、腕だけなんだろ?」
「いや、魚みたいにぴちぴち跳ねるよ」
「……」
生きてるのかよ、と思わず突っ込みそうになる。
未来は逆にその展開を予測していたのか、ちょっとがっかりしたような表情を見せ、「嘘だ
よ」と呟いて前へ振り向き、歩き始めた。
右、左と何度か折れる。回数がよく分からなくなってきた時。
「ここら辺、かなぁ」
未来は急に歩調を変え、奥へ駆け出す。錬は追いかけようとして、そこが目的地である事に
気がついた。
そこは、広い行き止まりだった。
四方八方を高いビルに囲まれ、出る道は錬のいる場所1つしかない。夜だと月星しか照明の
役割を果たすものがなかったここは、空から差し込む臙脂の光だけがかすかに照らしていた。
そこに、異質な物が1つ。
古くから封印してあるかのように突き立てたその物体は、夕日の色を反射して少し煌いてい
る。手を滑らしたら指が落とされそうなその刃を錬は忘れるはずもなかった。
〈吸魔〉欠片。その腕だった。
「あったあった」
どこを探していたのか、中央に存在している欠片の腕にやっと気づいた未来は急ぐわけでも
なく錬のもとへ帰ってきた。
なんだかそれがじれったくなり、錬はなんとなく刃に触ろうとした。すると、
「触らないで!!」
未来の切れた声が飛んできた。
ビクッ、と小動物のように反応して振り向くと、未来は非常に険しい顔をして錬を睨んでい
た。
「勝手な行動はしないで。何かあったらどうする気なの?」
「い、いやぁすまない。で、もし触れてたらどうなってたんだ?」
未来は警告するような声で、
「誰であろうとそれに触ったらただじゃすまないよ。何せ〈吸魔〉は悪霊の塊なんだから。気
絶、発狂、あるいは死かもね」
ふうん、と錬は横に流すような感覚で頷く。しかし首をひねってよく考えると、一昨日自分
が何をしたか思い出した。
「ちょっと待て。俺この前触ったんだけど。しかも生きている状態で」
未来はその言葉を呑み込むように動きを止め、それから驚愕に顔を染めた。
「君! なんて真似を!?」
「咄嗟だったんだよ! あんな気色悪いもの自分から掴もうなんて思う方がおかしいだろ!!」
あんな心地いいとは程遠い感触は、どんなに記憶がん塗り替えられていこうと思い出してし
まうだろう。
「まったく! ちゃんと考えて行動を――あれ?」
錬を叱ろうとした未来は、何かに気づいたように口の動きを止めた。それからおそるおそる、
といった感じで尋ねてくる。
「君……なんともないの?」
「だから疑問に思っている」
未来は怪しい目で錬を頭から視線を下げていく。おそらく表面から異常を探知しようとして
いるのだろう。しかし錬は心も体もおかしなところはない。
やがて、未来は諦めたように髪を左右に振った。
「う〜ん。君ってなんなんだろ? 〈吸魔〉は見えるのに霊感なかったり、人間離れした体力
持ってるし」
「うるさい。とっとと始めろ」
は〜い、と気だるそうに声を上げ、未来はくるりと向きを変えて歩き出す。
刃から1メートルぐらいにまで近付くと、足を止めた未来はゆっくりと語りだした。
「夜闇に紛れる我が鎌よ。その理を現に出でよ」
感情を全くこめない声だった。
言い終えると、未来の影がシュバ! と音を立てて、空へ向うように飛び出した。彼女の身
長ほどは高く延びた影は形を変え、大振りの鎌へとなった。
出来上がった鎌を素早く手にとって、未来は照れ笑いを浮かべる。
「やっぱこれを言うのは恥ずかしいね」
「前に出していた時は何も言ってなかったよな?」
「言ってたよ。聞こえてなかっただけ。口は動いていたでしょ?」
確かにその通りだった気もする。深く追究しても意味がない気がした錬は彼女の行く末を温
かく見守ろうとした。
しかし。
「……これからの作業に干渉をするな。気の乱れになる」
明らかに何かが違う声色に、錬は息が止まった。