自室に戻った錬は、ベッドに仰向けに寝そべっていた。
 何もせず、する気もせず、錬は天井だけを一心に見続けている。
 一種の放心状態、と言ってもいいだろう。
「整理は出来てんだよなぁ」
 そのままの状態数十分過ぎた頃、錬はポツリと言う。
 そう、整理は出来ている。
 後は、あれをどこまで理解出来たかなのだ。
 錬は未来から聞いた事実を受け止めたかどうかは自分でも分からなかった。それぐらいに複
雑で、奇怪なのだ。
「んでもって、俺はいつでも死の危険があるわけね……」
 自分は今あの〈吸魔〉とかいう異形に狙われているらしい。出くわせばまず助からない。そ
うとまで言われてしまった。
 生きるためには、夜に1人で行動するのを避けなければならない。錬は注意事項を思い出し
ながら、手足を広げる。
「……やだなぁ」
 何もしてないのに罰を課せられた気分になって、嫌気がさしてきた。
 でもまあ、外出を禁じろとかそういう制限ではないため可能でないわけでもない。自分の生
命に関わるのだから守らないといけない、と錬は実行を心に決めた。
 錬は数秒の間を作る。 「〈吸魔〉ね……」
 そして、自分を狙う存在を言葉にした。
 実態はあんまり知れたものじゃない。ただそういうのがいて、またそれを退治する存在もい
るというだけだ。
 得した気分……にはなれない。なれるはずがない。
 今見えているものが完膚なきまでに壊されてしまう情報など、知りたくもないというのが錬
の本音だ。
 しかし、教えてもらった事だけは感謝しないといけない。何も知らない無防備の状態では助
かるもなにもない。
「俺はあいつみたいに力なんてないからな」
 錬は自分の手を覗き込みながら、口元だけを笑わせた。
 その時、錬は自分の部屋に向う足音が耳についた。
「錬、ちょっといい?」
 錬を呼ぶ声と同時、扉がギィ、と軋んだ音を立てた。上体を起こして錬は開いた扉に視線を向ける。
 入ってきたのは母だった。目を合わせるなり、母は手を合わせる。
「どうした?」
「ごめ〜ん。私とお父さんは明日から帰って来れなくてさ〜、5日間、家を空けていい?」
「分かった。毎度の事だしな」
 錬の両親は共働きで、共に社長と秘書をやっていた。
 やはり家賃が十万の桁に入るこのマンションを買うだけあって、2人はとてつもなく忙しい
のだ。なのに家の家事をなんらくこなす母はとてもすごいと思える。
 それだから、両親が朝まで残業をやり、家にいないというのは錬にとってはごく日常になっ
ていた。
「で、今度は何が溜まってんだよ」
「ちょっと今度の商品の企画が行き詰っていてね。日夜付けで頑張らないと」
「疲労はしわの元だぞ」
「……うるさいわよ」
 錬の言葉を少しは真に受けたような母は、どこか疲れたように首に手を添えた。
「で、本題入るけど……錬、どうしたの?」
「え?」
「さっき帰ってきてからまるで生気がなかったわ。学校で何かあったの?」
 錬は少し黙り、悩んでから口にした。
「何もない。疲れただけだ」
「そう? 絶対何か隠しているでしょ?」
「ないったらない。疲れているんだから休ませてくれ」
 出てった出てった、と手で母を追い払う。未だ納得はしてないようで、母はしぶしぶといっ
た感じで扉を閉めた。
「……あんなの、言えるわけがないだろうが」
 錬は再びベッドの上で広がった。
〈吸魔〉の事を話せばそれなりに重荷が外れるだろう。誰かに知っててもらえるというのは、
とても心安らぐものだから。
 けれど、言ったところで理解してくれるわけがない。仕事に忙しい人間は絵空事を全く信じ
ないという話もある。どれだけ大目に見ようと、両親はまさにそのタイプあろう。
 それに、巻き込んでしまう可能性がある。
 自分の行動が他をも巻き込む可能性は未来は話してくれなかった。それは悩む必要がないと
もとれるし、逆にその道をよく知る者でも分からない、という考えに繋がる。後者の方だった
らなお更話せるはずがなかった。
 自分の事だから、自分だけで悩めばいい。
 たとえ、その選択が間違っていたとしても。
 そう考えて、錬はベッドの上でまぶたを閉じた。
 すぐに錬は眠りに引き込まれ、夢の中へと落ちていった。





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