「……はい?」
雷牙は意味を理解するまで10年かかるかと思った。
「だから、時間を越えたのよ。分かる?」
スエラと思われる女はむくれている。勝手に怒られても、雷牙は理解しがたかった。
時間移動など出来ない。それはもう20年ぐらい前に立証された。そんなおとぎ話を聞かされ
てもはい分かりましたと言える方がおかしい。
「いえ、それは6次元もわたらないと無理だって……」
「気難しい話は置いておく。それよりも……」
「いえ置いとけませんって。そんな今の常識をそっくりそのままひっくり返されるような事、黙っ
ていられませんよ」
「何よ、もう」
スエラは顔を一層膨らます。それが幼く見えて、雷牙は危うく噴出しそうになった。
それを彼女が見過ごさず、白い目で見られる。
「笑うって……。あなた、何様?」
「いえ、ただ彼女と同じだなあって」
「彼女? ああ、エルアールの事ね」
スエラは雷牙の後ろを見ていた。もうここからでは見えないが、あの小屋にはルアが必ずいる
だろう。何をしているかまでは、確認できないが。
スエラはそれを、遠く懐かしそうに眺めていた。
「まあいいわ。どの道分かってくれたでしょ?」
「いえいえ分かりませんよ! どこからそう辿り着くんですか!」
「あら? しぶといわね、あなた」
「……何か情けない人間みたいに捉えてるんですね」
「ふふ、そういう意味で言ったのではないの」
それに、とスエラは付け足す。
「あなたの芯の強さは、見てきたから」
意味不明な言葉に首をかしげていると、スエラはまだいいの、と優しい声で言った。
まだいい。それの意味も全く分からない。
「そうね……。あなた、私がいくつに見える?」
「えっと……身体の方ですか?」
「それは奥様方には嬉しい発言かもしれないけど私はぶちぎれるわよ」
鬼面を被ったような顔で言われたため、すぐさま訂正して雷牙は改めてみる。
身体年齢だけでいうとゆうに10代半ばに見える(それを言うと殺される危険があるため伏せ
ておく)が、精神面から考えてそれよりは上だろう。
「そうですね……ざっと20代前半ですか?」
「当たり。じゃあ、そんな人間が16歳の娘を持っていると思う?」
考えるまでもない。そんなのは、完全な違法行為に当たる。
雷牙は首で否定すると、スエラは「正常な人間でよかった」と心からほっとしたように胸をな
でおろしていた。やはり、雷牙は情けない人間と見られているようだ。
怒りをぶつけるかは置いといて、やはり時間を移動したというのは正しいようだ。
「しかし、それは……」
「定義はもう捨てて。もとからこの話に理論などないから」
「この話?」
彼女は1回頷いた。
「私はね、あなたに伝えなければならない事があるの」
「僕に、ですか?」
「ええ」
彼女は再び頷く。銀に煌く髪がしなやかに揺れた。
「私の事件の事を」
思い出す。
スエラは何かの衝動で世界を一時期滅亡に追い込んだ。それが何の力だったのかは知らないが、
何か関係しているというのは確かなのだ。
出来れば結びつかせたくはない。だが、本はその関係を根強く書き記していた。だから、ルアも
狙われている。
しかし……、と雷牙は思う。
「なぜそれを?」
「本当の事を知った方が、うやむやも晴れるでしょ?」
「そうですけど……」
それではまるで、後から何かが起きるようだった。
スエラは雷牙の心情を察したのか、あいまいな笑みを浮かべる。だが、それを言葉にする事はな
かった。
「……私はこの通り時間を渡れる」
そして、彼女の過去が語られ始めた。
絵本のように、眠る子供に読み聞かせるようにゆったりと。
「あると知ったのはエルアールと同じ歳かしら。どうしてこんな力があるのか疑問に思ったけれ
ど、それよりもまず楽しかった。周りが知らない事を自分だけ知れるようで。私は頻繁に時
間をわたったわ。主に、未来に」
語る彼女は本当に嬉しそうな瞳をしていた。
「私は自分がどういった未来へ進めるのか気になってしょうがなかった。楽しみが半減するよう
だったけど、それでもね。そこで見たわ。私に夫が出来て、子供も出来ていた。3人が手を
繋ぐその風景はとても楽しそうで、いつか来るんだと分かると本当に嬉しかった。けれど、私
は知りたくないものまで見てしまったの」
しかし、途端にそれが陰鬱なものにへと変わった。
何が……、と言いかけた雷牙は言葉が淀んだ。
「そうね。エルアールが6歳の頃だわ。私は熱を起こした。それは異常なものでね、夫とエルアー
ルは私を心から心配した。けれどね、熱は治らないまま私は事切れたわ……」
スエラが本当に悲しそうな表情をしたので、雷牙は思わず目を背けた。今の表情は、彼女を一層
悲しませる気がしたから。
「だけどね、運命って残酷ね。私を普通に死なせてくれなかった。私の亡骸が突然浮いて、背中に
黒い翼が生えたの。左右に3枚で計6枚。ほんと、堕天使のようだったわ。何もしていな
いのに、私は呪われたようだった……」
「ストップ」
スエラが怪訝そうに雷牙を見る。
「どうしたの?」
「何か話がとてつもなくずれていません?」
スエラは空を見上げあごに指を置いて、確かに、と素直に肯定した。
「時間がないから飛ばそうかと思ったけれど……」
「無いと大変です。何ですか、意味不明な事を言って」
「簡単に言えば、この世には科学で説明できない事もあるって事」
てきぱきと話を砕いて彼女は話を進めた。
「それでどうなったと思う? 夫とエルアールはその場にいたんだけど、2人共殺されちゃったの」
重い話の割には、妙に明るい口調だった。
その意図を雷牙は分からない。自分で殺したのなら、それなりに辛いはずなのに。
ただその場にいただけで、2人を殺めて――
「ん?」
雷牙は矛盾を見つけた。
だったら、今も小屋にいるだろう彼女は誰なんだ?
それを聞くと、彼女は涙を拭いながら答えてくれた。どうやら、この後に話そうと思っていたらし
い。
「そんな結末を私は迎えたくなかった。だから、私は自分の力を使って死に間際の2人を引っ張り込
んで、この時代に……40年後のこの時代に引っ張ったの」
「ちょっと待ってください。この時代じゃ彼女達は生きていけないのでは?」
「そうね。彼らにこの環境に慣れるのは難しかった。だから私はあの時の空間そのものを引っ張った。
――あ、現実的じゃない目をしてる」
限りなく細い目で見られ、雷牙はひどく動揺した。しかしそんな事言われても、信じられるはずが
ない。
「で、ですが……」
「いいのよ。自分でも分かってるもの。あれが奇跡としか言いようがないって」
そういっておどけるように舌を出した。本当に、この人は子供っぽいと心から感じた。
「だけどね、エルアールは私の死を見たショックかな。私達2人の記憶を全部消しちゃったみたいな
の。それに、何度言い聞かせても覚えてくれなかった。何かが阻んでいるようでね。代
わりに夫はエルアールから離れていった。あの子、意外と真面目だったからね。誰なのか分か
らなくても普通に接していたの。けれど、それがあの人を苦しめた」
彼女の声に失念が入り混じる。
あの子を放棄した事には怒りがせりあがるが、その気持ちは痛いほど伝わる。
娘からまるで他人のように接せられるというのは、生き地獄だ。愛情を注いでいればいるほど、
その反動がやってくる。
おそらくは、どれが正しいのか分からなくなるぐらい、精神をズタズタにされたのだろう。
「あなたは? 一緒にいられたのでしょう?」
「ううん。私がいられる時間も限られているの。30分だっけ。それに、わたれるのも後わずか。
後2、3回かしら。そうすれば熱にうなされるわ」
「……もうどうするのか決められたのでしょう?」
「ええまあ。この先の未来へと行こうかしら」
その時、異変が起きた。
スエラの姿がだんだんと薄くなっていくのだ。色素がなくなって、闇に溶け込んでいくようだ。
彼女は自分の姿を見て、ふふっ、と笑った。
「時間ね」
「……また、会えますか?」
「ますか? じゃなくて会いましょう」
スエラは小さく微笑んだ。
「全てを変えられるのはあなただけ。お願い。カムイさんとエルアールを救って。この忌まわしい、
崩壊の運命からあなたの手で」
そして、スエラは闇へと消えた。
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