雷牙は1人取り残される。
「なんでここにいるのかなぁ?」
 それを何日か前にも言ったのを思い出し、雷牙は苦笑する。
 頭や体の痛みはまだあるし、貫かれた足も熱を持っている。とりあえず、これからの行動を
考えると治した方がいいだろう。
 と言っても、雷牙はその痛みをとる方法を知らない。何か無いかなと適当にさばくっている
と、何か硬いものが手に当たった。
「……これは」
 妙に角ばったような感触を手に取り、雷牙はそれをバッグから引き出す。その物体は、三角
柱そのものの形をしていた。
 万薬。
 普段なら任務にいく際アレクトロの人間が誰しも持っていく薬だ。見知らぬ土地に行く場合
に未知の伝染病に感染する恐れがあるため、これを服用して体を感染する前の状態に戻すので
あるらしい。
 使い方は簡単。ただこれを1錠飲んで水で流し込むだけ。そうすれば、後は万薬が体が元あっ
たものにはなかった異物を見つけ出し、勝手に除去してくるという事らしいのだ。
 あいまいな表現を使っているが、これを雷牙は1度たりとも飲んだ事が無い。
 なぜかというと、あの時――ルアと初めて出会ったその時がその外に出る初めての任務であり、
雷牙はその時に全てを水没させてしまっている。熱に侵された時、その薬があればと何度も
思っていたのだ。
「……自分の不幸を思い出すよりも、とりあえず飲も」
 過去を悔みながら、雷牙は万薬のふたを開ける。三角状のそのふたは以外にも堅く閉められ
ていて開けるのに苦労した。
 中から覗かせるのは、どこかの薬草みたいに緑色を放っている薬丸がいくつか。見た目と同
じように、まずそうなにおいが漂う。
「うぐっ……」
 雷牙は吐き気をもよおした。どこか、頭痛がさっきよりひどくなった気がする。
「でも、飲まないと……」
 どちらかというと目の前にものに嫌悪感を抱くが、焼き焦がされた体と、足が痛みで動かな
いというよりはまだましだろう。
 雷牙は薬丸を1つつまみ、選択を間違っていないかなぁ、とどこか不安を抱き
ながら、
それを放り込んだ。
「――」
 苦い。
 苦さが口の中ではじけたようだった。
 雷牙は今にでも吐き出したくなる気分だったが、それだと効果は全く得られない。雷牙は口
をすぼめながらそれを飲み込んだ。
 ゴクン、と過度な音が喉から鳴る。
「……水は?」
 本当に死にそうな息遣いで、雷牙は部屋を見る。今雷牙の姿を誰かが見ていたら、必ずとて
も奇妙な目をするだろう。
 部屋を見渡すが、どこにも水が出そうなところが無い。どうやら、リビングあたりまで行か
なければならなそうだ。
「……」
 だが、そこで雷牙は悩む。
 ルアに見つかったらまずいと感じたのだ。彼女は看病がおせっかいと感じるまですごいから、
勝手に動き回る雷牙を見たら、即何か言われるだろう。
 だが、それよりも雷牙は口の中をどうにかしたい方が上回った。ベットから降りようと、右
足を下ろす。
 痛みはさほど感じない。万薬の効き目は、ほとんどの怪我に効くというのにその治りが早い
のが特徴らしい。 
 頭をさすりながら雷牙は部屋を出る。その後には、紅い斑点で出来た線が雷牙を追っていた。
   痛みは引いたといってもそれは治ったではないらしい。未だに、巻いてもらった包帯は全体
に真っ赤に染め上がり、それでも抑え切れない血が包帯から溢れ流れているのだ。あれは鎮痛
剤か、と嘘の説明に不満を抱きながら雷牙は歩いていく。
 静かに歩いていると、さっきの出来事が頭に浮かんだ。
「う〜ん」
 雷牙は唸る。
 ずっと考えていた。彼女が真実を聞いてきた時に。
「同じだ……」
 雷牙は少し陰鬱になった。
 そう。全ては同じ。
 今の彼女は、雷牙と全く同じだ。全てを知りたいと、その興味が過剰に働いて図書館に忍び
込み、こんな怪我を負った雷牙と。
「あんな事、絶対言えない」
 雷牙は奥歯をすりつぶすような声を出す。
 言えるわけがない。あの優しさで満ち溢れている少女に、まだこの世界をほとんど知らない
ようなあの少女に、
 世界の滅ぼす者なんだから、と。
「くそっ……」
 君は死ぬべき存在なんだ、と言えるはずがない。
「くそっ!」
 雷牙は自分の奥歯を砕くぐらいにかみ締めた。
 分かっていても、それを行動に移せない自分が腹立たしかった。
 黙っている。それが正解だと思う自分に苛立ちが募った。
「結局は、何も出来ないのかな」
 興奮気味になっていた雷牙は、冷静になって考える。
 元素を破壊する力を持っていても、人の運命は破壊できない。
 ただ単に、上からの命令で彼女を殺す。それしか、今は出来ない。
 それで、いいはずがない。
「だけど、僕は……何も出来ない」
 悔しさを噛み締めるように、雷牙は唇をしめる。
 そう、結局は何も出来ない。
 何も、出来ない。
「あ、もう着いちゃった」
 いつの間にか、雷牙はリビングに来てしまっていた。考え事をしていると物事が早く進むと
いうが、本当にそうらしい。
 ここでいうリビングとは、ただ単に机と椅子が置かれているだけだ。その他のもの(特に機
械)は一切置かれていない。別にそれがなくても、彼女は料理が出来るのだから。
 その殺風景ともとらえかねないそこに、雷牙は椅子に腰掛ける。ここに来た理由は、考えて
いる内に忘れてしまった。
「とにかく、どうすればいいんだよ……」
 雷牙が助けを求めるように言葉を泳がす。
 彼女はその残酷な現実を知ろうとしている。雷牙自身、彼女が真実を知りたいわけは、実際
に行動を起こした雷牙自身分かっている。
 自分がなぜこの状況に置かれているのかを知りたいからだ。
 彼女はなぜ雷牙がここに来たのかを知りたいようだったが、本質は違う。雷牙がここに来た
理由を知る事で、彼女自身の事も分かると踏んだのだろう。
 普通、そうそうこの環境を不思議に思わないような人はいないはずだ。身を寄せられる人間
が1人もいずに、ただ孤独に生活させる環境など。
 だから、彼女は自分を知りたいと思っている。自分がなぜここにいるのかを。
 だが、その真実はあまりにも残酷だ。
 危険だから、死ななきゃいけない存在だから、何十年も前から、危険な人物として縛られて
いたなんて。
「あれ?」 
 と、その時雷牙は急に思考を止めた。
 何十年? 
 雷牙は彼女がいると思われる奥を見つめる。おそらくまだシャワーに入っているのだろう。
水が撥ねる音がここまで聞こえてきた。
「そういえば、ルアは40年間いなくなってたんだっけ」
 少なくとも、あの真実が書き記されていたと思われる本にはそう書いてあった。
「なんで、そんな長い時間姿を隠していながら、僕と同じような年頃の姿なんだ?」
 そこが疑問だ。
 40年はかなり長い。そんなに長い年月を過ぎながら、あんな体系を守れるはずがない。会
話もそれなりに歳を食うはずだ。
 なのに、彼女はそれを感じさせない。言葉こそは敬語のものの、それに歳を思わせるような
事はない。自分で16と公開もした。
 どこに、そんな矛盾が出来る?
「まさか……、いや、そんな事はないね」
 頭に浮かんだ1つの仮説を、雷牙は即座に打ち消した。
 おそらくは見当違いだろう、と雷牙は根っから否定する。
「それよりも、ルアには言うべきなのか?」
 雷牙は逸れかかっていた話を引き戻す。
 結局、話したほうがいいのだろうか。彼女の真実を知らせるために。
 それとも、黙っていた方がいいのだろうか。彼女を壊させないように。
 天秤だね、と雷牙は笑った。
 だが、真実のおもりは選んではいけなかった。
 それを話した時には、彼女の失望が目に見えるから。
 これを思うと、黙っていた方が雷牙にとっても彼女にとっても平和に思える。
「だけど、それでいいの?」
 雷牙は自問する。
 本当に、真実を知らなくてもいいのだろうか。
 雷牙は真実が知りたいから図書館に忍び込んだ。そこで爆炎に巻き込まれたり銃ですねを撃
たれたりもした。はっきり言えば、悪い事だらけだった。
 しかし、全部が悪い事ではない。
 雷牙は知った。世界が1度終わった本当の理由を。そして、あの少女の身に何が起こってい
るのか、なぜ殺さなくてはならないのかも分かった。
 全てがいい部分ではない。だが、雷牙は清々としている。
 全てのもやもやが一気に晴れたのだから。
「おそらくルアも同じなんだろうね」
 彼女にももやがかかっている。それがうっとおしくて、払いたいのだろう。たとえ、それが
どんな現実を遮ろうとしているのかが分かってても。
 ならば、やるべき事は……。
「あれ、ライガさん?」
 声のした方へ、雷牙は振り向く。
 そこには湯気が立ち昇っているルアがいた。繊細な銀髪につく水滴をタオルでしなやかにふ
き取りながら、入る前と同じ白いワンピースでそこに立っていた。
「! ライガさんそれ……」
 ルアの顔がやや引きつり始める。どうやら、雷牙の右すねから出る血に気づいたらしい。
「すぐに治さないと……」
「いいよ、それより」
 彼女の驚きを遮って、雷牙は彼女を呼ぶ。
「君は、耐えてくれる?」
 そう尋ねた。
「君は、本当の事を知った時、その辛さに耐えられる?」
 分かっていても、そう聞いてしまう。
 ルアは間髪いれずに一回頷いた。
「ええ。受け入れなければならない事でしょうから」
 案の定の反応に、雷牙は一回息を吐いた。
「……君には、やっぱり話すよ」
 目の前の彼女に伝えなければならない、真実という惨状を。


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