「ここへ来ている理由?」
「はい」
ルアは率直に頷く。そこには遊びとかふざけたという気持ちは混ざっていなかった。
「私は、あなたと出会えたのは奇跡だと思っていました」
ルアは話を進める。
「こんな山奥に人が来るわけもないと思っていたので、あなたはただ迷い込んだだけだと思い
ました」
過去形になっている事を不思議に思う。
「思いました?」
「実際は違うのでしょう?」
ルアの言葉に、雷牙は息が止まった。
「あなたは何かを思ってここにやってきた。そして、私と会うのも意図的なものだったのでしょ
う。私は知りたいのです。なぜ、あなたがここに来たのかを」
彼女の問いただすような声に雷牙は胸が痛くなる。
それでも声を絞り出した。
「……その根拠は?」
「これです」
ルアががさごそとバッグの中を探る。それをよく見ると、そのバッグは雷牙の身に付けていた
ものだと判明した。
ルアがそのバッグから大切そうに取り出した物に、雷牙は声を失った。
それは、1種の機械。何かというと、遠距離通話機だった。
ルアがボタンをひねると、それのスピーカーから音が発せられる。誰の声だか分からないが、
必死に雷牙の名を呼んでいた。
「あなたが気を失っていた時に耳にしました」ルアが通話機のスイッチを切って、「人のものを
見る事がいけない事だとは分かっています。しかし、どうしても気になったのですよ。あな
たがなぜ、ここへ来たのか」
雷牙は黙り込んだ。
一言も口に出さず、ただルアを見つめていた。
ルアは話を続ける。
「ここからあなたの名前が呼び出されていたのですよ」スピーカーの位置を指しながら「何でと
思ったのでそれを拾ったら、そこからどこかよく理解できない単語がいろいろと出てきたの
です」
「それだけで、ここに来たのに理由があると?」
深く輝く蒼眼を見つめながら、雷牙は言葉を出す。
「いえ、これだけではありません」
バッグの中から、ルアはまた別の機械を取り出す。それは、雷牙が図書館に
潜入する時に使った端末機だった。
ルアがその端末機の電源を入れた。画面はすぐさま青一色に彩られる。
「あれの後にこれを見つけました。最初はなんだろうと思いましたが、機械という事だけ
は察しましたよ」
ルアは手馴れた手つきで端末機を操作する。一体どこでそれを身に付けたの
か、雷牙は気にはしなかった。
画面にはいろいろなデータが場所を取り合うようにひしめきあっている。閲覧した履歴や
使ったものの個人情報などが詳細に載っているのだ。
「この画面にはいろいろ載っていました。あなたの事についてが特に。そこで調べました
よ。あなたがどこぞかの機関に入っている事を」
は、と雷牙の心臓が止まる。
そう、それには雷牙の事も例外なく事細かに明記されている。
雷牙はルアに使われるなんて思っても見なかったし、ましてや操作になれて個人情報が
暴露されるなど想像もしなかった。
「多分、この機関から言われたのでしょう。それでは聞きます。なぜ、あなたはこの機関
から私に会うように言われていたのですか?」
彼女のゆるぎない蒼の瞳が、雷牙に突きつけられる。
それは、知りたいと言っているのだ。
「……」
対して、雷牙は答えられなかった。
「……何で話してくれないのですか?」
次第に、ルアの声色が変わっていく。それは下に、とても低く。雷牙の本心を根こそぎ
聞き出すように。
それでも黙る事しか出来なかった。
「なぜ……」
ルアは一度悔しさを呑みこむように震え、そして、
「何で黙るのですか!?」
そして、ベッドを思いの限りで叩いた。ギィ、とベッドが悲鳴を上げるようにきしむ。
その時に雷牙は柵のような部分に頭を打った。
「うっ……」
重い衝撃が頭をはしる。
雷牙は目をつぶった。
痛みが苦しかったから、ではない。それもあったがその先に見えた彼女の顔が、見てら
れないほどに涙で歪んでいたからだ。
雷牙は彼女の本当の怒りを始めて目の当たりにした。
「黙っていないで何か話してくださいよ! なぜここに来たのかを! あなたがここに来
たのは偶然じゃない。必然でした! その理由を今すぐに!」
怒号というべき彼女の声が、雷牙を響音のように揺さぶる。
それでも雷牙は言葉が出なかった。
「なぜ黙っているのですか! 教えてくださいよ全部! なにもかも!」
彼女の涙があたりに飛び、シーツに小さい斑を作る。
目の前にいる少女の訴えが、嫌というほど雷牙の心に響き渡る。
それでも雷牙は黙る。
未だかすかに残る頭の痛みを、その少女の声に大きく揺らされ続けながら、それでも一
言も話さないように黙った。
「あなたは――――」
散々叫び続けたルアはついに声が枯れて、ベッドにうつぶせになるように泣いた。彼女
を中心に円を書くようなしみが出来る。
なぜ泣くのか、それは雷牙は分かる気がした。
黙り続けられていると、教えてくれない人間は寂しい思いをする。それは1人だけ置い
ていかれているような気がしてしまうからだ。周りからは外されて、1人ぼっちになるなど耐え切
れるものではない。
それに、教えないからだろう。何も知らない彼女にとって、何も知らせてくれないのは
苦痛に思えるのだろう。
だが、雷牙はそれでも無理だった。
嘘を続けるのをやめ、真実を言うなど雷牙には出来ない。真相なんて、この小さな少女
には到底言えたものではない。
閑静としたこの部屋に、小さな少女のすすり泣きだけが満ちていた。
「ねえ、ルア」
なんですか、とやや疲れたようなルアの声が返ってくる。
「君って泣きすぎだよね」
わずかにルアが目を細める。
「何ですかいきなり。私は……」
「君を見ていると悲しくなる」
ルアが路線を戻そうとするのを、雷牙は無理矢理引っ張る。
「君の場合、泣いてるというよりは感情を表しているようだね。涙はその副作用というか。
だけど、僕はそれを見ていると痛々しくなる。君の感情が、どこまでも深く入り込んできてしまう
から」
雷牙は本当に、語りかけるように言う。
「泣くのはやめにしよう、ね?」
そして、最大限の笑みを繕った。
彼女がこれ以上真実に踏み込まないように。そして、深く自分の心に入り込んでいる彼女
の感情を払うように。
ルアは次に踏み出す言葉を失っていた。
「ですが……」
どうにも気が払えないらしい。目には流しきれなかった涙を浮かべながら、戸惑いの色を
ルアは顔中に広げていた。
声がなくなり、静寂が訪れる。
「……あなたがそういうなら」
納得したのか、彼女のやわらかい笑みが浮かび上がる。涙を流しながらも。
「……いけませんね。性分というものですか。様々な感情に涙が絶対必要になっています」
だが、それは悲しみや怒りからではない涙だと、雷牙は感じた。
ルアは目から頬へ伝わっていく涙を拭う。
「私は追い求めません。あなたが伝える事をよしとしていないのなら、それは悪い事なんで
しょう。ならば、もういいです」
彼女からは、湧き続ける涙はなくなった。
全ての別れを、そこから告げるかのように。
「……」
それを、雷牙は近くにいながら遠巻きの1人になっているような感覚になった。
彼女は強い。それは雷牙自身以前にも感じていた。だがここで、その強さを再確認させら
れてしまう。
雷牙の一瞬浮んだのは、あの時忍び込んだ自分自身。
「さて、と」
ルアが蒼を真っ赤に染めるぐらいに泣きはらした瞳をしながら、区切りをつけるように言っ
て立ち上がった。
「どこ行くの?」
「お風呂です。さすがにびしょ濡れになりましたから」
彼女のいた所を良く見ると、湿ったような黒いしみが円を書いて出来上がっていた。彼女の
清潔感漂う白いワンピースも、やはり水を吸っている。
「そういえば、雷牙さんも濡れていましたね」
「まあね。別に気にしないけど」
「いえ、それでもまた風邪引きますから……」
ルアは物思いにふけ、含み笑いを浮かべた。
「良かったら、ご一緒しますか?」
なばっ、と雷牙の思考が完全に凍りついた。
まさかの雷牙もそんな事を女の子から誘われると思っているはずもなく、どうした態度を取
ればいいのか分かっていない。
ぱくぱくと口を動かしていると、そんな雷牙の様子を見てルアが笑う。
「あはは、嘘ですよ嘘。そんな事普通聞きませんて」
彼女があまりに無邪気に笑う。雷牙は戯言だと分かって、なんだか心臓をつかまれたような
気分になった。
でも、どこか期待していたのはなぜだろう?
「入ったらおそらくあなたを殺しにかかりますから」
「あは、怖い怖い」
「……どこか、覗きそうな感じしますね」
「……いや、そんな目しないで。嘘だって分かるでしょ?」
えー、と不審な目で見つめながら、ルアは扉の向こうへと去っていった。
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