「世界の破滅……?」
あまりなじみの無い物騒な言葉に、雷牙は絶句する。
なじみの無いそれがここで取り上げられた事が、本気で怖かった。
この本の著者などは一切かかれていなかった。ただ単に事実だけを並べたような書き方で、
それは1種のレポートの塊のようにも思えた。
サブタイトルの見開きをめくると、早速ずらりと文章が記されていた。
『これは主に2064年から書き記されたものである。ここから先は題名どおり真実に近いも
のなので他言無用でお願いしたい』
2064年。その言葉に思わず雷牙は息が詰まる。
原子崩壊(メルトクライシス)が起こった年だった。
ぱらぱらと適当にページをめくる。いくらか省いてもいい気がした。
『――スエラ・グレイセスは今回の原子崩壊の原因となる女性である。どこが原因かは明記せ
ず、簡単に飛ばしておく』
人の名前が出て、雷牙は核に迫ろうとしていた手を止める。
スエラ。
苗字がルアと同じだった。
『どういう経緯で起こったのかは分からない。しかし、それが結果として大爆発を引き起こし、
世界を崩壊へと導いたというのは分かっている』
写真を同封して置く、と書かれたページの横に女性の写真が載せられていた。
それは色あせてよく分からないが、ルアに似たような面影の女性がいた。そしてそのすぐ脇
に長い髪をした女の子がその女性に抱き合っている。ルアだ。
――私は親の顔を知りません。
雷牙は看病してくれていた彼女の言葉を思い出す。
そこには確かに親子で写真に残っていた。
『我らは崩壊した後にこの事実に気づいた。これを生き残った人間に伝えるか否か悩んだが、
我らは天災として騙す事にした。人災となれば混乱が避けられないのだから』
確かに、と雷牙は納得できた。
天災だったら運が悪かったと諦めが付くが、人の手で起こされたと知ったら暴動が起きる予
感がしたからだ。過剰かもしれないが、それぐらいの事を書いた人間も思ったのだろう。
だが、その後の事は同意しかねるものだった。
『グレイセス家はそれを起こした危険因子として、我らは一族の抹殺を図った。2人の血に繋
がる人間を見つけ次第、排除する方針を採った』
抹殺。
この本には、平気でそんな事が書かれていた。
何かが間違っていた。どこか根本的なところが完全に狂っていたのだ。
『排除は完全には成功しなかった。当の家族を見失ったからである』
だが、その狂ったもので事が進められてしまっていた。
次から血筋を記す、と書かれた隣のページを呼んで、雷牙は呼吸が止まった。
そこには砂の粒子ほど細かい文字で何人もの名が書きなぞらえていた。何十どころではない。
3桁を余裕で越すぐらいの人間がそこに名前が載っていた。
そのすべてが、殺されたのだ。
雷牙はあと少しで、そのページをズタズタに引き裂きそうになった。
『エルアール・グレイセスはスエラの娘だったので、1番の危険な存在として認識していた。
だが、エルアールは原子崩壊の日に姿を消した』
雷牙は妙なはっきりとした苛立ちを覚える。
もはやこの時代の人間は彼女を物として見ていたようだった。実験動物、というにはおかし
いが殺すだけの存在として見ていたようだった。
あんな、まだ16の少女を――
「と、ちょっと待って」
そこまでいって、雷牙は過ぎていきそうになった違和感を引き戻す。
原子崩壊は、確か自分が生まれるよりもかなり昔ではなかったか?
『彼女を再び見つけた時には、すでに40年以上も経過していた』
「40年!?」
あまりにもおかしい記述に、雷牙は思わず机をたたきつけた。
雷牙はルアの姿を思い出す。それは同い年のようだが少し幼そうな体系をした、決して大人
びてはない姿だ。その彼女が雷牙より歳を超えているなんて、矛盾にも程がある。まさかク
ローンなんて事はないだろう。
それに、彼女自身も自分が16だと素直に認めていた。乱雑に書かれているこの本を、雷牙
は放り投げたくなる。
『だが、あの体型でそこまでいっているとは思えない。だがそれがれっきとした事実である事
を確認した人間は、彼女をすぐさま捕らえようと試みた』
年齢がおかしい事を、これを書いた人間も思ったらしい。
だが、それですぐに捕獲に入る人間の行動に雷牙は憤りを感じる。
完全に、どこそかの生き物を捕まえるような感覚に見えた。
『だが、そこはなんらかの防護シールドを張られていたため普通の人間では入る事が出来なかっ
た。その防護シールドは、のちに単一の化学物質で出来ていると考えられた』
雷牙は首を傾げる。
彼女に出会った時、そんなものは感じなかった。なのになぜ、ここまで騒ぐ事になっている
のだろうか。
『しかし、その物質の壁はいかなる道具、物質を使っても取り除く事は出来なかった。そこで、
我らはその時アレクトロ機関にいた譜堂雷牙を利用する』
ここからはインクの色が新しい。
雷牙は自分の名前が取り上げられた事に謎に思えた。なぜここで、特に長所のない自身の名
が使われるのだろうか。
『譜堂には元素崩壊(メルトブレイク)の力が備わっている。それを使えば、その防護壁も突
破できるのではないかと我々は結論を出した』
元素崩壊。
確かに雷牙の元素崩壊はその元の単一物質だけで出来たものならあらゆるものを打ち消せる。
それは炎でも水でも、鉄だけで出来た物体も消滅させられる。
その防壁が単一物質なら、雷牙は消す事が出来るのだ。
「だけど、それじゃ僕は……」
この機関に利用された事になる。
雷牙はそう知ると、怒りを持った感情がせりあがってくるのを感じた。
『譜堂は道中でなにかしら事件を起こして連絡が途絶えたが、どうにかそこへたどり着く事は
出来たようだ。そして、彼女との接触を果たした』
任務を受けたのもたまたまで、彼女と出会えた事も偶然だと思っていた。
しかしそれは、もとから仕組まれていた事だった。
「ふざけるな……」
めくっていた手に怒りを込めるように、雷牙は握る。巻き込まれたページがくしゃくしゃに
なっていく。
『しかし、彼は自分に課せられた任務を果たせなかった。行う隙がなかったのか、それとも迷
いが生じたか、それはこちらにも分からない。だが、再び向かうと宣言したところから、前者
だと我々は当てはめる』
嘘だ。
雷牙は何も言っていない。行くとも発言してないし、それを聞いた時には苦しい思いだった。
それを、あたかも雷牙を殺人鬼のように当てはめられている。
雷牙はこの本から目を背けたくなる。だが、まだ肝心のものがつかめていない。辛い気持ち
を抑え、ページをめくっていく。
『最後に、もし彼女が限界に達してしまった場合、どうなってしまうのかをここに記しておく』
ここだけ、特別に強調されている。
『もし、彼女に限界が訪れた場合、その時こそ世界は崩壊する』
そこから後ろは白紙になっている。事実上の、この本の最終ページだ。
「……、」
最後の文に、またも雷牙は絶句した。
どうにも捉えがたい。世界の崩壊と一重に言われても、具体的にはどうなるのかが全く分か
らない。どのようになってしまうのか、それを記述してほしかった。
あるいは、分からないほど恐ろしい事なのか。
「くそっ」
現実を濁された気がして、雷牙は室内に響き渡る舌打ちをする。雷牙は怒りに染め上げられ
ていた。
あの少女は死ななくてはならない存在だった。
その理由は別に理不尽だとは思わない。なぜなら、それが世界の破滅に繋がるのだから。
だが、雷牙は許せない。
どんな理由でも、どんな悲劇が起こるか分かっていても。人の命を奪っていいものなのか。
別の道を考えず、1番簡単な解決策で済まそうとしていた。
そして、少女の家系の悲劇を知った。
まず、少女の母親が何かを起こし、世界は1度滅亡した。それが故意によるものではないと、
あの温厚な女性の姿から分かる。
それに、少女の家系はただ血縁だからというだけで殺された。何百人も。それ以上だろうか、
雷牙には把握できない。だがそれほど、無くしてはならないものを消したのだ。
最後に、あの純真無垢で、自分の過酷な状況があっても優しく出来る彼女が、世界の崩壊に
関わっている事を知った。
だから、彼女を殺さないと世界が終わるという事も分かった。
彼女を生かせば世界が終わり、世界を守れば彼女は消える。
なぜ、そんな天秤にかけられてしまったのか。
笑みをこぼし、
涙を流し、
時には怒りを出して。
何1つ欠けていない、れっきとした人間の感情を持つ彼女が、なぜそんな風に物同然に扱わ
れてしまうのか。
「何で……」
何で、その生死を決めるのが自分なんだろうと、雷牙は嘆いた。
1人で生き抜いているあの少女を。
自分よりも他人を思うあの少女を。
そして、本当に心から微笑む事の出来るあの少女を、いとも簡単に殺してしまえと言える
のかが分からなかった。
彼女は物じゃない。
はっきりとした、人間なんだ。
雷牙は視線を下げる。その時に、その本の最後のページに何か白い封筒のようなものが挟み
込んでいるのを発見した。
「あれ?」
それを取り出して、それをじっくりと眺める。白い封筒で、振ってみると中には1枚の手紙
が入っているようだった。
差出人は分からない。だが、そこに書かれていた受取人は、
「僕?」
そこには譜堂雷牙と書かれていた。
見覚えの無い手紙を不審に思うと同時、
パキッ、と。木の破片を踏みつける音が響いた。
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