以外と出る方法は身近にあった。
「窓が開いていたなんて……」
雷牙は図書館の裏庭に、膝に手をついてハアハアと息を切らした。
窓は外からは入れないようになっていたが、内側からは手動で開けられる仕組みになってい
た。それを使って、雷牙は窓から飛び出したのである。
それをもっと早く知っていれば苦労する事は無かったが、雷牙はそれを不幸だったと思って
いない。
「ルアの……限界?」
雷牙は胸を押さえながら、さっきの会話を折々と思い出す。
あの黒をまとった男はルアに限界があるといった。何に対しての限界なのか、雷牙には分か
るはずもない。
ただ、カムイはそれに顔をしかめていた。
「限界ね……」
雷牙は1人呟く。
その話自体が嘘とは考えにくい。あんなに重い雰囲気の中、嘘話で涙を流す事はないはずだ。
かすかに見えたカムイの表情は真剣そのものだった。
あそこでは、真実が語られていたのだ。彼女に限界がないという事は、絶対無い。
鳥の声さえ聞こえない静寂の中、雷牙は数日前別れた少女を思い出す。
あの華奢な姿に一体どんな限界があるのだろうか。一体どこに、そんな限界が隠されている
のだろうか。そして、その限界が何をもたらすのだろか。
「そういえば……世界がなんだとかも言っていたね……」
世界なんて重圧のかかる話など、雷牙は考えたくない。
だが、その世界と彼女とを結びつけるのが適正だろう。
彼女の何かによる限界が、世界に携わる事なのだろうか。
「分からない……」
いきなり事を詰め込まれても、雷牙には何がなんだか分からない。整理するのにも、長い時
間がかかりそうだ。
雷牙はふと、背後の図書館を見る。
地方一の都立図書館は、今はひっそりと闇に隠れるように佇んでいる。昼間は神聖さを感じ
させるような建物も、夜だと魔城に見える。
「もう少しいれれば……」
もっと詳しい情報が聞けたかもしれない。雷牙は今更ながらに、自分の運の悪さを苛ただし
く感じる。
だが、聞いていたらどう動いたか。
それでおかしいと思ったらどう動いたのか?
それが自然だと思ったらどう動いていたのか?
「……、」
雷牙は考えるだけて、身が震える思いをした。
「知らなかったほうがいいのかもしれないな」
今の思考から導き出された答えはそれだった。
今聞いた事をすっぱりと忘れて明日の任務に備えて、そして彼女と再び会って殺してしまう。
それからまた、普通に戻る。彼女に対してそれをやることにまだ抵抗がある自分は、すぐに
抑えきれるだろう。
雷牙に渡されたものは任務であって、私情を挟むのは許されていない。
雷牙は立ち去ろうと足を動かす。
だが、ここまで聞いて、忘れる事が出来るのか?
雷牙の歩もうとした一歩が止まる。
許されていないのに、勝手に感情が割り込む。
何も思わないまま、彼女を殺せるのか?
それ以前に、理由を知らないで殺生をする事が出来るのか?
迷いが淡々と挙げられていく。
「知らなかったならまだよかった。だけど……」
そこで思いとどまって言葉が途切れる。
ふいに、彼女の顔が思い浮かんだ。
何の屈託も無い笑み。初めは殺そうとしていた雷牙も、思いとどまってしまうくらい何の屈
託もない笑み。
それを何もなしに奪うことは、出来ない。
「……知ったんだから、最後までは」
雷牙はとうとう、その誘惑に負けてしまった。
風の音さえ耳につく中、雷牙は他に何か言ってなかったか、カムイと男の会話から必死に探
し出す。
――あの本は裏書物室にある――。
「本だ」
ひらめいたように雷牙は声を出す。
「あの2人は本の事をかなり気にかけていた。なら、その本が解く鍵なんだ」
雷牙は後ろを振り返る。図書館はもう閉館時間をとうに過ぎていて、正面からは全くと言っ
ていいほど入れそうもない。それは機械が全て管理しているからだ。
しかし、機械は全能ではない。
「機械の動作を狂わせればいいんだ」
雷牙は忍び込む方法を知っている。都立図書館は厳重なセキュリティーがかかっているが、
それには1つ穴がある。
セキュリティーの操作は全て外部から行われているのだ。
機械は指示された事を何でもこなすが、その指示自体が狂えば途端に全てが狂い、機械が本
来持つ機能を全ておかしくなるだろう。
外部からの操作を逆手にとって、セキュリティーコードをハッキングしてそれを入力すれば
中に入れるのである。
だが、その肝心の方法を雷牙は知らなかった。
「どこか流れてくる電波を掴めれば……」
雷牙は辺りを見回すも、それを発信しているような機械などどこにも見当たらない。それで
も諦めきれない雷牙は、至る所を探し回る。
そして、たまたま通った茂みから光が出されている事に気づいた。
「これかな」
光が作り出す線を辿ると、その先にはしっかりと図書館を捉えている。おそらくは、これが
送っている赤外線だろう。
雷牙はさっき使った端末を取り出した。先ほどと同じ青い画面が、辺りを照らす光源となっ
ている。
「確かこれを……」
雷牙は端末の上方をその光に当てる。端末は光を受けて1回ぷつりと真っ暗になった後、そ
のままの画面に、0と1だけの白色の文字が並びだした。
これは、図書館のロックコードだ。
雷牙は似たようなものを見た事がある。同じように数字だけだったそれは、組み替える事で
命令コードとなるらしい。
「0100100101……、よし」
図書館はウラス・ホーガの管轄内にあるので、少しいじった事のある雷牙はそのコードがど
んな仕組みで出来ているか知っている。
しかし、今それを言うのは止めた。
「中に入れても、本の場所が分からなければ意味がないや」
本は裏書物室にあると言っていた。おそらくは書物室とは違う部屋なのだろうが、雷牙は書
物室の場所すら知らない。
雷牙はひとまず画面に映し出される羅列を頭に焼き付けて、その画面を消失させた。
「マップぐらいは手に入るはず」
画面を再びつけ、そこに都立図書館のマップと声で書き込ませた。
瞬時に画面が移り変わり、事細かな図書館のマップが表れる。しかしそこには、裏書物室な
ど変わった名前の部屋はない。
「やっぱり、秘密なのか」
かすかに期待していた雷牙は、結果を見てややげんなりする。
しかし、これで詳細が書かれたマップは手に入った。それを保存してから、雷牙はさっきの
コードが並んだ画面に戻す。
「命令させるコードは」
雷牙は端末を使って逆算し、どこかにあるはずの命令させるプログラムを見つけ出そ<うとす
る。
その手を、途中で止めた。
「いけない事だとは分かっている」
今している事は重大な秘密に関わりそうな事だ。ばれたら、おそらく雷牙は人生が終ってし
まうだろう。
だからと言って、もう雷牙はやめるつもりはなかった。再び指を動かす。
「僕は知りたい。隠している事を」
真実を知りたい。
そして、彼女の事も知りたい。
あの2人が何を隠そうとしているのか、この世界の背景にあるものが何なのか雷牙は確かめ
たかった。
ぶちっ、と急に画面が移り変わる。
「あった……」
それは検索窓に似たような画面になっていた。何が違うというと、窓と背景の組み合わせが
かなりシンプルになっている。
雷牙は入力しようかと思ったが、ひとまずそれを保留にした。
「まだ入らないから」
雷牙は腰から下げているバッグに手を入れる。そこから小型の銃――エスパーダを取り出した。
おそらく、侵入者となるから警備員に追われる事となるだろう。もちろん相手は侵入者を殺
す気で向かってくる。
逃げ続けるのも不可能に近いから、これを使うしかない。
雷牙はエスパーダの銃口を茂みに向ける。
「雷電」
そう命令して銃を振り、引き金を引く。ビシッと電気がはしったような音を出して、弾は茂
みを貫通した。弾の軌道には青白い線が残っている。
雷属性は主に気絶用だ。これなら迫り来る警備員を殺す事なく、かつ足を止める事が出来る。
雷牙にとっての少しの慈悲だ。
無事使える事を確認して、雷牙はエスパーダをバッグの中にしまう。
そして、図書館の入り口まで歩いていった。
「ここからは、僕は戻れないね」
雷牙は調子を上げて言う。失敗すれば雷牙は死ぬか、掴まってしまうかのどちらかしかない。
おそらっく死ぬほうが濃いだろう。
だが、別に恐くなどなかった。
恐れを感じてたら何も出来ないから。何も掴めないから。
「解除コード、1010010010……」
歌うように、雷牙はさっき出したコードを言う。
このコードの作りは解除と施錠が相対しているという事だ。つまり0なら1、1なら0と解
除コードには施錠コードの逆を言えばいいのだ。
ガキン、と凶悪な音が響く。それが、入り口のロックが外された証だった。
一覧へ
次へ