朝光が差し込んで、雷牙は目を覚ます。
「……」
 かすかな視界に、何かが超至近距離で写っている。
「……ってええええ!」
 まだ頭は寝ぼけた状態だった雷牙は、視線の隅に写る青色の服ではっきりと覚醒した。
 ルアが、また雷牙の隣にいたのだ。しかも顔を雷牙に向けて。
「何で朝からこんなドッキリなんだよ!」
 雷牙はあまりの状況に大声を出すが、依然ルアは目覚めない。
 はっきり言ってこれはもう1種の才能として認めてもいいかもしれない。普通の人間が少し
はある隙間を飛び越えて隣のベットに潜り込むなんて出来ない。それに加え、完全に寝入って
いる状態でだ。
 雷牙は不安を感じて動こうとするが、ルアの足が絡まっていて動かない。ほとんど昨日の深
夜と似たような状況だった。
「昨日の予想通りじゃないか、もう!」
 とにかく、昨日と同じように引き剥がさなければならない。雷牙はルアの足が絡まっている
部分を掴んで、外そうと動かす。
 しかし、当然のように動かない。
「何、この子は寝ると力強まっちゃうの!?」
 雷牙は無理にでも引き剥がそうとするが、今回は腕と違ってかなり深く絡まっていて、どう
にも取れそうにはなかった。体が小さいのにどこから出るのか、と雷牙は彼女が聞いていたら
間違いなく道を外されそうな事になるだろう。
 というか、ルアの素肌が足に直接当たっているので直おかしくなりそうだった。
 無駄と分かり、雷牙は彼女の足を持つ手を離す。
「まだ、起きないかな……?」
 昨日呼びかけでは全く起きない事が分かりきっている。とりあえず、目覚めてくれるまで待
つしかないだろう。
 雷牙がそんな風に思った時、彼女がピクリとかすかに動いた。
「ん? 起きたかな?」
 やっと取れる、と雷牙は安心する。しかし、それは大きな間違いだった。
「……にゅ〜」
 またも昨日と同じ猫のような声を出し、ルアは自分の顔を雷牙に近づけてきた。
 ちなみに、雷牙とルアは顔がかなり近い位置にある。
「ちょっと待った! いくらなんでもそれはないって!」
 迫り来る彼女の顔を抑えながら、雷牙は必死に叫ぶ。
 だが、ルアは相当深く眠り込んでいるらしく、雷牙の呼ぶ声に全く応答しない。
「ああもう! こんなドッキリいらないから!」
 次第に彼女の手が腰に回ってきて、力強く抱きしめられた。
 彼女の腕と足の強さに身動き1つ取れなくなった雷牙は、この後どうすればいいのか全く分
からなくなった。とにかく、さっさと起きてくれるよう必死に呼んだ。
「ん……」
 その思いが通じたか、ルアは今までずっと閉じていたまぶたを開けた。青く輝く瞳が、真っ
直ぐに雷牙を見つめている。
「……?」
 しかし、目が半開きでぼうっとしているような開き方の口を見ると、何がどうなっているの
か分からないようだった。
「……おはよう」
 雷牙はとりあえず、こんな言葉だけかけてみた。
「……おはようございます」
「あのさ、とりあえず今の状況、分かる?」
 まだ寝ぼけ眼のルアは辺りを見回している。目をごしごしとこすって一生懸命確認しようと
している姿はなんとも愛おしいものだった。が、
 そこで、起こさなきゃ良かったと今更に気づいた。
 どうやら今どうなっているのか分かったらしい。雷牙の背中辺りにまかれていた腕が一層力
強く締められた。
 ぎちぎち、と。骨が鳴っているようで痛い。
「痛い痛い。ちょっと待った。いやほんとに骨折れそうだから」
「どうしてこんな事になっているのですか?」
 完全に怒りが混じった声で、ルアが雷牙に問いかけている。
「痛い痛い痛い。ほんと待って、いやほんとに待って」
「答えなさい」
 ゴギッ。
「ストォォォップ! 今鳴ったよ!?」
「うるさいです。関係ないです」
「大有り!」
 叫んでいてもしょうがない。雷牙は弁解にはしった。
「……とりあえず、それは君が起こした事なんだよ?」
「何を言っているんですか。どうせあなたが考えてやった事でしょう? こういうのって男の
人好きらしいですから」
「いや違う。昨日言ったでしょ? 兄みたいなようにって。兄が妹にそんな事すると思う?」
「実際にしている事もあります」
 あぁ、と雷牙は弁解する術をなくしてしまう。
 ここにはそんな事を教えるようなものはないはずなのに、一体どこでそんな知識を得たのだ
ろうか。
「それは空想での話。現実はそんな事は起きにくい」
「今起きにくいと言いましたね。ならそれもありえる事じゃないのでしょうか」
「まあ、そんなのどうでもいいよ。大体、僕がそのつもりなら君に手を回しているでしょう?」
 雷牙の手はルアとの間に挟まっていた。 
 それで理解を得られたのか、ルアのきつく締め続けていた腕の力が弱まった。
「……何でこんな事したんでしょう」
「落ち込むのは後でいいから。とりあえず君から離してもらえないかな?」
「……」
 彼女は考え込むかのように黙り込み、そして、
「嫌です」
 断った。
 そして、再度腰に巻かれていた腕の力が強まった。
「何で!?」
「なんとなく楽しいです。本当に兄が出来た気分で」
「いやいや、それは認めてはいけない部分では!?」
「むっ、別にいいじゃありませんか。思うも思わないもこっちの自由ですし」
 というと、彼女は雷牙の体に顔をうずめた。その嬉しそうな表情をした彼女を見て、雷牙は
引き剥がそう、という感覚が抜けてしまった。
(兄、ねぇ……)
 雷牙は昨日、ルアと同じ事を考えた。
 その様子では、昨日の雷牙は楽しそうと感じた。
 無論、雷牙は1人っ子だ。兄でもないからそんな感覚味わった事もないし、逆もないからど
う思えるかが全く分からない。
 でも、大体そんな感じでいいと、雷牙は思った。
「下に世話焼く上の子って、ほんと多いし」
 そんな事よりも、と雷牙は何か違和感を感じていた。
「自分の右手にあるこれは何だ?」
 この柔らかいようなこの感触は?
 とりあえず動かそう、と雷牙は彼女の下敷きになっていた右手を引き抜くようにして動かす。
しかし、そこで間違えて手の力を強めてしまった。
 その時ルアが悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
 雷牙がそう尋ねてもルアは口を堅くして膨らませていた。こころなしか、彼女の顔が少し紅
くなっているようにも見える。
 何か……、と言いかけた雷牙は途端に気づいた。
 雷牙の手は彼女の下敷きになっていた。それは雷牙とルアの間に滑り込んでいたという訳で、
引き抜く前はルアの上半身側にあった。
 つまり、この右手は何に触れていたのだろうか。
「……あ〜」
 弁解出来ないと、雷牙はその場ですぐに悟った。
「見損ないました!!」
 雷牙は瞬間に、胸にゴスッ、と重たい衝撃を受けた。
 雷牙はその時、彼女は意外と胸がある事を知った。

「うぅ〜、寒〜」
 雷牙はコートを羽織って湖際まで来ていた。ここはあの緑のようにはなってないので、気温
も春から一気に下がる。
 結局、あの後胸に強烈な頭突きを受けた雷牙はあの部屋から逃げた。どうにも出来ない濡れ
衣を着せられたが、誤解を解くよりもあの殺気が立ち昇るルアから離れておきたかった。おそ
らく、彼女は未だに雷牙に変態のレッテルを貼っているだろう。
 雷牙はもうこの際、流れに乗ってここを離れる事にした。
「どうせここにいても何もないんだから」
 雷牙は空を見上げる。今の本当の季節には似合わない冬空は、今にも冷たい雪を高く積もら
せてくれるようだった。
 ここには長くはいられない。さっさと本部に戻り、武器や必要な機械類を用意して、またか
せられた事に務めなければならない。
 ルアを殺す任務に。
「……」
 なぜか、雷牙はちくりと刺されたように胸が痛んだ。
 おそらくは人を殺すからだろう。どんな理由でも、人を殺すのはどうしても抵抗があった。
何で奪わなければならないのか、なぜ死ぬ必要があるのか、人が死ぬ瞬間を見るたびに、何度
も思ってしまう。
 雷牙のその心はあの上司には分かっているはず。なのに、どうしてこんな任務を突きつけて
きたのかが、雷牙には分からない。
 それに、その理由を教えない事も。
 それよりも、なんとなく彼女を殺すという意識が薄れている気がする。
「なんでだろう?」
 ルアに関わりすぎたせいだろうか。彼女が殺さなくてはいけない存在とは思えなくなったか
らだろうか。雷牙はそれについては否定する。
 いや、否定したい。
 おそらくは、この感情は無駄になる。無駄になった時の悲しみといったらそれはもう、心に
大きな穴が開いた気分だろう。
 そんな感覚を、雷牙は味わいたくない。
「むやみな感情は切り捨ててっと、やりますか」 
 雷牙は未だ残る感情の渦を取り払って、湖の方へと歩み寄る。
 相変わらず、湖は一面が氷になっていなかった。冷え切った、触れるだけで意識までもが凍
りそうな水を手で汲み取る。
「じゃ」
 雷牙は、すぅ、と念を込めるように息を吸う。
「元素破壊(メルトブレイク)、発動」
 途端、手に溜めていた水が跡形もなく消え去った。


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