すさまじい衝撃波が一面に広がる。
「ぐっ……」
押し飛ばされそうな波に耐えながら、雷牙は必死に片手を伸ばし続ける。
その延長上には、一塊の光の矢。
雷牙の手は進行していく光を抑え続けていた。
「ぐっ……たあ!」
雷牙が苦し紛れの声を出したその瞬間、押し寄せていた光が、消えた。
押さえつけられていたものがいきなり消え、腕は宙を泳ぐ。
それは、たがが3秒の出来事だった。
「おい。今のは……」
雷牙が押さえつけている間に電磁波の壁を修復した真樹斗は、今見た光景で度肝を抜かれた
顔をしていた。
雷牙自身、よく分からない。
2人が呆然としている間も光は止まない。電磁波の壁に当たり、ドゴン! と鉄に向かって
思いっきり叩き付けたような轟音が鳴り響く。
「そうだ、例外だ……」
突然と、そんな事が思い浮かんだ。
元素破壊(メルトブレイク)はその名の通り元素レベルのものを破壊する。だが、それは単
一の物質しか効果はない。鉄を破壊する事は出来ても、それがアルミと混ざって出来たステン
レスには全く意味がない。
そして、それには例外がある事。
それに当てはまるのは、水、雷、風、火などの物が実体化できるのに最低限必要なもの。実
際、物自体には必ず何かが混ざっているため効果はないが、そのままの物質なら消せるのだ。
そして、その4つ以外にも例外はあるはず。
「ねえ」
確認するため、真樹斗に聞く。
「光と闇も、物が実体化するには必要だよね?」
真樹斗は一瞬黙り、肯定の頷きを見せた。
「そうだな。光は物がその場にあるという事を示すために必要になるし、闇は……まあ、置き
換えて影だ。影はそれがないと光が遮られたという、物体があるという証明にはならない。光
と影は同じようなものだが、それを知って……」
言いかけた真樹斗は、途端に気づき、はっとする。
「まさか……」
「そう、あれは『光』だよ」
冷静に言うが、内心の雷牙はとてつもなく動揺していた。
他の例外とは、光と闇、で間違いはないだろう。
おそらく、闇は昔に発動したのだろう。あの時の、スエラの時に。
ルアの背中に生えている翼は、そのまま光が形になった純白だ。おそらく、そのままの解釈で
間違いないだろう。そして、攻撃方法も光を使っていた。
つまりは、ルアの体を蝕んでいるものが光で、
その光を消す事が出来れば、これは収まるという事。
そして、それを消せれば彼女を助けられるという事に繋がり、それが出来るための力が雷牙に
は備わっているという事。
「この電磁波を解いて」
雷牙は強めの口調で言う。
「な……正気か!」
「いや、一瞬でいい。僕を外に出られるぐらいのその時間で」
「それが正気かと聞いているんだ! 死ぬぞ!」
「ここにいても結局は死ぬよ。さっき破られたのだから」
まだ光の羽は1枚しか色づいていないのに、この電磁波の壁は何度か受け止めた後、1本だけ
で貫かれた。
「あれはまだ序章。多分、4枚目ぐらいで意味を成さなくなる」
「ばかな……」
悚然とする真樹斗を尻目にし、雷牙はノイズだらけの壁に手を触れる。
バシュ、と水がはじけたような音を出し、電磁波が一部分だけ崩壊した。
視線の先は、光の雨で巻き上げられた土砂が阻んでいる。だが、天使のように翼を広げたルア
は、神々しい光を放っていたため特定出来た。
「真樹斗」
最後に後ろを向き、真樹斗をとらえた。
「さっき言ったよね。壁を乗り越えられなかったと」
真樹斗は押し黙っている。
「乗り越えられないなら、僕はその壁を壊して進むよ」
そして、雷牙は電磁波の壁の向こう、滅の光が差し込む外にへと飛び出した。
空気中を震わす音は、壁の中とは比べ物にならないほどすさまじかった。ガスッ、ともはや
鉄を貫通したような音が幾度にも響き、そのたびに砂埃が舞い、地面を揺るがす衝撃が伝わる。
こんな状況では、いつ頭上に光が襲い掛かるか分からない。
それでも雷牙は走り続けた。一刻でも早く、彼女のもとへと辿り着くために。
その時、風が吹き荒れた。
「!?」
咄嗟に雷牙は目を覆う。
砂煙漂う中起きた疾風は、全てを吹き飛ばすくらい猛烈で、雷牙はその風で飛ばされないよ
う必死に踏ん張った。
その間に、雷牙は光が地面に直撃する音が消えている事に気づく。それは、光の雨が止んだ
事を知らせていた。
だが、風が止んだ時、晴れた視界に映るものは凄惨なものだった。
光の雨をそのままに受けた大地は焼け焦げてどす黒い煙が立ち、以前の緑はもうみる姿も無
い。小屋はもう残骸すら残っていなかった。
それは、世界の終わりを見るかのようだった。
雷牙は苦い思いを堪えながら、その原因へと目を向ける。
近くで見たルアは天使のような6枚の羽があるからだろうか、どこか神々しい雰囲気を漂わ
せていた。羽を何度も前後にはためかせ、気品さえ感じられる。
だが、その目は虚ろの水色で、その中には心がないと分かる。本当に、どこかの操り人形の
ように意思がなかった。
互いの距離は10メートル。
雷牙はルアの背中に目をやる。
2枚目の羽が色づいていたと知ったのは、まさにその時だった。
「!!」
雷牙が気づく頃にはもう2枚目の羽は純白に包まれ、煌きを一面に振りまいていた。何が起
こるか分からず、雷牙は危機を感じて身構える。
その時、雷牙は陰に隠れた。
「上か!」
雷牙が上を向いたが直後、
十字に切れた光の塊が、雷牙を押し潰そうと落ちてきた。
雷牙は声を出す前に片手を突き出す。それに引き寄せられるように縦横に一線交わった光が
落下し、バチン! と火花が飛び散るような音を出した。
「何だよ……これ……」
雷牙は潰そうとかかる十字架のような光の塊を必死に押し戻す。
さっきは3秒で光を消す事が出来た。だが、これはいつまで経っても消える気配を見せてい
ない。質量が違うから、というのもあるがそれは違う。
まるで、元素破壊の処理を上回るような再生をしているかのようだった。
光を消すよりも先に、雷牙の手が悲鳴を上げた。ゴギリ、と砕けるような音が支えている片
手が出す。
「くっ……」
十字架の重圧に、雷牙の足が地面にめり込む。
今の雷牙は片手で十字架を抑えている。咄嗟に出たのが片方だけだったからそのままにして
いるのだが、このままではプレスのように潰されてしまいかねない。
雷牙は空いている片手を回そうとして視線を移し、気づいた。
「3枚目の羽が……」
白をまとい、光輝にまみれていた。
雷牙の全身がこわばったその瞬間、体の正面から光の球が迫ってきた。
雷牙は援護に回そうとしていた手を素早く戻し、その光の球の対処へと動く。球と手がぶつ
かり合い、重く響く衝突音が散る。
その光の球は雷牙の上からのしかかる十字架と同じ質だった。いくら破壊する力を持つ雷牙
の手が触れても、その処理を上回って再生する。雷牙は押し潰されそうな衝撃を、消す事も出
来ず抑える事で精一杯だった。
球は圧力でどうにかしようとしている物ではなく、手のひらに食い込むように押し寄せてい
た。1つの固体のクセに、細かい粒子の塊のように手のひらに染み込もうとしている。まるで
内側から破壊していくようだった。
ゴギッ! とあからさまに折れたような音を発して、光の球を押さえつけている手の指が異
様な方向に曲がった。
折れた――そう感じても、雷牙は歯軋りして手を掲げ続けた。
じりじりと、雷牙はわずかながらに後ろに押される。それに加え、上から押さえ込まれる十
字架からの圧力で足は序々に沈んでいく。
雷牙は上と前、2つから力が襲い掛かり、両手をその対処に回って封じられている。
「くそっ、このままじゃ何も……」
雷牙はちらっと斜め上を見る。
その球と十字架のかすかな間から見えたもので、絶望的に追い込まれた。
4枚目の羽が、色づき始めている。
「嘘だ……ろ……?」
目の前の光景が信じられない。
右半分の羽の色を変え終えたルアの羽は、即時に左側の下方の羽を純白に染め始めていたのだ。
既に、半分は輝きを放っていた。
雷牙は自分で言った。4枚目の攻撃はきっと電磁波の壁では耐えられないものだと。2枚目と3
枚目は、雷牙の特異な力で消せているに過ぎない。
そして、今は雷牙は両手を塞がれている。こんな状況で、攻撃が放たれてしまったら、何も残ら
なくなるだろう。
「早く、消えろぉ!」
雷牙は体の底から叫び、2つの光に込めている力を全快に引き出そうとした。
いつもは念じれば破壊する速度が増すはずだ。なのに、それは雷牙の処理限界を上回って再生を
繰り返している。それどころか逆に回復速度も増していた。焼け石に水のような状態だった。
ゆっくりと、雷牙が後ろに戻される。
依然として、同じ速さで羽が白に染め上げられていく。
時間が、ない。
「伏せろ!」
鋭い声が耳に響き、雷牙は反射的に身をかがめる。手が離れ、十字架との間にわずかな隙間
が出来る。
そこに入り込むように、電磁波の壁が出来た。
電磁波の壁は十字架の進行を妨げ、雷牙を守るための盾となった。
「雷牙! 急げ!」真樹斗の声が響く。「4枚目の色が確立したらここは終わりだ! 時間を
稼がないで、先を進む事だけを考えろ!」
雷牙は前だけを向く。声を返す事もない。
そんな事よりも目の前をどうするかの方が先決だった。目の前にいる不幸な宿命に繋がれた
少女を助ける事が雷牙にとって最優先なのだ。真樹斗は違う事を考えたかもしれない。それで
も、彼のしてくれた事を無駄には出来ないから。
それを阻むのは、目の前の光の球1つ。
雷牙は光の球にもう一方の手を添えて、両手で打ち消しに望んだ。
1つに合わさった処理の力は2倍となり、それでやっと光の球と均等な力となった。押しも
押されもせずに、1ミリも動かなくなる。
バキボキ! と骨がきしんで悲鳴を上げる。既に指がやられている左手は全てがそれぞれあり
えない方向に行っており、右手は切り刻まれたように傷を負って、血で真っ赤に染められていた。
それでも、雷牙はその手を放さない。
「雷牙! それは受け止めるものじゃないぞ!!」
真樹斗の助言が大声で伝わる。雷牙は何が、と言い返そうとしたが、途端に閃いた。
雷牙は一度に全て込めるように奥歯を噛み締め、その手を一気に左へ逸らした。
簡単に、戦闘でも使える受け流しの要領で。
光の球は流されるように右へ押し逸らされ、雷牙のすぐ脇を過ぎ去った。
障害物がなくなった道筋を、雷牙は駆ける。
ズガン! と球がはじけ飛ぶような音がこだましても、雷牙は振り向かずに少女に向かって
走り続ける。
走る。
走る!
「急げ! 時間がない!!」
真樹斗の切り裂くような声に、雷牙は足を止めずにすぐ上を見上げる。
そこには、今にも色を染め終えそうな羽が見えた。もう分かっている。あれが完成したら
どうなってしまうのかなど。
雷牙は地面を蹴って、高く飛び上がる。
その先には、世界の破壊という残酷な翼に縛られ続けた少女。
雷牙は手を延ばす。
限られた物しか破壊できず、自分を守る事さえろくに出来ない力。それで守れたものも本
当に何もない。何も出来なかった力が宿るその手で。
狂った運命の輪廻に囚われた少女を助けるために。
彼女の背中に手を回し、抱きかかえるようにして翼から奪い取った。
それは容易く引きはなれ、なぜこんなのに縛られていたのかと思うぐらいだった。
ビキビキ! とそれこそ空間に亀裂が入ったような音をたて、翼の形が歪になる。そして、
翼自体の形が中心に引き寄せられるように縮められ、その中にへと吸い込まれていった。
全ての根源が消え、静寂が訪れる。
「良かった……」
雷牙はその手に抱いているルアを見る。
彼女は凍ったような瞳を閉じ、安らかに眠っているようにも見えた。そのなめらかな肌に傷
がない事が、何より安心できた。
その時、シュッ、と不可解なものを耳にする。
「何だ?」
空気を裂き、全てを焼き尽くすような音だった。
雷牙は夜空を見上げる。そこには、おぞましいものが浮んでいた。
光り輝くその物体は、まるで宇宙から星が落とされたような輝きを放っている。彗星のよう
な尾をもつその物体は、真っ直ぐに雷牙をとらえていた。
雷牙は手を伸ばせばそれは消せるかもしれない。
だが、雷牙は気づいた。あれはもう今の自分の手では消せないと。
雷牙は自分に迫った運命を悟り、ルアを強く抱きしめ光に背を向けた。
それは、まさしく彼女から光の影響を無くせるように。
その拍子に雷牙はルアの顔を眺めた。彼女の赤子のようなその表情に、雷牙は思わず笑った。
笑いながら、最後を迎えた。
彗星のごとき物体は、辺りの光を全て包み込み、地球そのものを破壊するような爆裂音を巻
き起こした。
その音は、まさに終焉の鐘だった。
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