時間を置いて、深夜。
「ほんと、なんでこんな事になっているのかなぁ?」
 雷牙は自身が変態に思えておかしくて仕方がなかった。
 結局彼女のお願いを承諾してみたはいいものの、やっぱりこれはまずいのではと思う。年頃
の2人が、離れているにしろ同じ部屋で寝る事などあってはならない。それが、いくらあちら
側から頼まれたとしてもだ。
 風邪からくる頭痛はどうにかなったものの、また別の問題で雷牙は頭が痛くなっていた。はっ
きり言って、こんな状態で寝れるはずもない。
 隣のベットでは、そんな気持ちなど一切知らないルアが、すやすやと寝息を立てている。彼
女は雷牙がいるからなのか、本当に心地よさそうだ。
「ほんと、何かルアを見ていると……」
 自分の使命を忘れてしまいそうになる。
 それはいけないと、雷牙は弱い気持ちを放り出すように首を振る。
 雷牙にとって、彼女は排除すべき存在。出来ればその使命をさっさと果たしたいし、無論近
くにいたいとなんて思うのがおかしい。
 だが、それを思う自分がいる。 
 ルアを殺そうと思えばチャンスはいくらでもある。たとえエスパーダや剣がなくても、台所
から包丁を持ち出してブスリといけばそれまでなのだ。
 といっても、あまり血を見たくない雷牙にとってはそれは無理に近そうだったが、それでも
他の方法はいくらでもある。
 それでも、この安らかな表情を壊したくはないと思う自分がいる。
「何で……」
 使命を果たそうとしている自分と、彼女を殺したくはないと思う自分。なぜ、こんな風に意
見が分かれてしまったのか、雷牙は不愉快だった。
 こんな風になるのは接しすぎたからだと、雷牙は今更ながらに後悔する。
 と、雷牙が自分の心に問い詰めていると、ふいにルアが寝返って顔を向けてきた。
「…………ライガさん……」
 一体どんな夢だ、と雷牙は思った。
 夢は浅い眠りから起きるものだと言われている。でもそんな事はどうでもよくて、なぜその
夢に自分が出たのかと雷牙は疑問になった。大体の夢は、記憶の中で特に思いが強いも
のが出てくるといわれている。
 そんな早々に、雷牙が思い出に残るのだろうか。
「……いや、案外残るのかも」
 ルアにとって、雷牙は初めてあった他人だ。いくら慣れたとしても、それまで1人孤独に暮
らしていたものだから、それだけ大事に思われているのだろう。
 一瞬、それは嬉しいと思った。
 一瞬、それは迷惑だとも思った。
 どちらが素直で、どちらが虚実なのかは分からない。 
 ただもう、それはどうでもいいと思えてきた。
「考える方が、めんどくさいから」
 とりあえず、明日の計画を立てておく。さっき、寝る際にルアが置いてくれたバッグからメ
モ用紙とペンを取り出した。この紙とペンだけは、水に濡れやすいという事で極端な防水加工
が施されていたため無事だった。
 さらさらと流れるようにペン先を動かす。
「とり先、1番考える事は移動だな」
 あの狼との戦闘の時に、唯一の移動手段であったボードはどこかに消えてしまった。おそら
くは湖の底だと思うが、あんな冷水に飛び込みたくはないし、なによりどうせ水でだめになっ
ているだろう。
「さて、長旅になりそうだ」
 雷牙は肩を落とす。ここまでは本部からはあれでまる1日かかった。歩くよりかは遥かに速
いボードだから、歩きで行くとなるとどうなるか分からない。
「まあ、なんとかつけるだろう」
 雷牙は次の事を考える。それは、本部への報告だ。
 失敗したとなると後々がめんどくさい。どうせまた派遣されるとは思うのだが、いろいろ経
費がかさばって大変な事になるのだ。雷牙は物の全てを落としていたため、絶対に怒りを買う
事になる。
 いや、実質失敗はしてないが。
「はぁ……、ここまで運がないとなあ」
 雷牙は溜息をつく。そのごく小さな変化さえ音響する事が、逆に悲しさをかきたてた。
 帰り道の危険もあるが、それは何とかなると思って雷牙はメモとペンを片付ける。はっきり
言えば、どんなことでも全部どうにかなるのだ。
 一息つこうと枕元に手を置いた時、ベットとは思えない感触を感じた。
「ん?」 
 おかしいと思った。枕元にはなにも置いてはいない。雷牙は置いた右手の先を辿る。その先
には、なめらかそうな白い肌が見えた。
 雷牙の右手は、ルアの顔にあった。
「ええ……!」
 雷牙は飛んでいくような勢いで飛び上がり、彼女を起こしまいと声を抑えて叫んだ。
 とりあえず、何でここにいるのかが分からない。ルアのベットは雷牙の右隣にあったはずだ。
それなのに、いつそのベットから飛び出してこっちに入ってきたのかが不明だった。
 ルアの顔が、この展開でも安らいでいた。
「うにゅ〜」
 かなりかわいらしい声を出して、ルアは雷牙の体に抱きついて顔を摺り寄せてきた。銀の髪
が顔の動きに合わせて揺らめく。
 その仕草はまさに猫のようだったが、雷牙にはやばい雰囲気が出ていると感じた。
「寝相!? だけどここまで悪い寝相ってあるの!?」
 雷牙は壊れたようにわめいた。
 とにかくルアが締め付けている手を取り払おうとする。しかし、思ったよりも腕の力は強く、
どうにも取り払えそうにない。
 雷牙の頭を、何かまずいものが進行していく。
「ルア! ちょっと起きて!」
 仕方なしに雷牙はルアを呼ぶ。しかし、当然のように返事はない。
 とりあえず開放されている腕で彼女を揺さぶる。彼女の睡眠を妨げて後で何か言われても、
理性を崩されるよりはましだ。
 それでも反応がない。彼女はよく眠る体質らしい。
 雷牙はとりあえず彼女の腕を掴む。
「たあ!」
 そして、無意味なかけ声と共に力を込めて、その手を無理矢理引き剥がした。
 また同じ事が繰り返されないうちに、雷牙はなんだか気持ちよさそうな彼女をもといたベッ
トまで運ぶ。そして、彼女に優しく毛布をかける事でやっと収まった気になれた。
「……まったくもう」 
 一体なんだったんだよ、と彼女に訴えたくなる。としても、どうせ何も知らないはずだから、
雷牙はもうこの事を忘れる事にした。
「また同じ事があったらどうしようもないな」
 今何とか切り抜ける事が出来たから良かったものの、また同じ目にあったら、今度こそは大
変な事になるかもしれない。
 とりあえずここを出る事を、と思って雷牙はベットから出て、音を出さないように部屋の扉
を開けた。
「どうせならこのまま出て行くか」
 一刻も早くここを出たい雷牙にとって、今はチャンスとも言える。何で気づけなかったのか
と雷牙は自分を笑った。
 今のこの小屋は物音もよく響くぐらい静かだった。戸主が寝ているのだから当たり前か、と
雷牙は考えながら先へと進む。
 突き当たりにあった扉をあけると、そこはリビングのような所だった。
「やっぱり……」
 機械類がどこにもない。全て1から始めるような道具しかなかった。食べ物を調理する道具
も、大体が自分で火をつけるところから始める必要がある。
 こんなので不便じゃなかったのか、と聞きたくなる。
 まるで、この小屋の道具は遺跡のようなものだった。昔からの方法でやるものがほとんどで、
それはまるで、来世に残したいとでも言っているようだ。
「ある意味、いいものなのかもね」
 今の消費のしすぎで、エネルギーまで枯渇してきているこの時代には、そういった昔の暮ら
し方もいいのかもしれない。
 そんな風に思っていると、雷牙の視界にあるものが写った。近寄ってみると、それは全体が
黒光りしていて、ボタンのようなものがついていた。
「まさか……電話?」 
 あるわけがないと、雷牙は驚いた。
 この小屋には機械がない。それはルアの口からも出ていた。でもそうだとしたら、目の前に
あるこの物体は何なんだろうか。
 不思議に思っていると、その電話のようなものはいきなり音を出した。
「うわ!」
 それが本当に唐突だったものだから、思わず大声が出てしまう。プルルルル、とお決まりの
音が断続的に鳴っているので、とりあえず電話とは分かった。
「出ていい……ものなのかな?」
 受話器をとろうとした雷牙は途中で手を止める。
 もし彼女に用があって、彼女だけに伝えたい事だったら、雷牙が出る事自体で相手も驚くだ
ろう。ここには彼女しかいないはずなのだから。
 かといって、深夜に電話をかけるのもおかしい。
「まさか……僕に用?」 
 だから、別人がいると知っている方が考えやすい。彼女がもう寝ている時間だというぐらい
なら、おそらく分かるはずだから。
 止めていた手を再び伸ばし、受話器を受け取った。
「……もしもし」
「譜堂雷牙君か?」
 電話から掛かってくる声に、雷牙はぎくりと硬直する。
 それは、本部からの定期報告の電話だった。


一覧へ 次へ