辺りは何も感じれなくなるぐらい、静かだった。
「……」
雷牙は黙ったまま、スエラがいた場所を見ていた。
何もかもが信じられない。
いや、信じろというのが酷な話だ。いきなり現れて現実をあっさり打ち消すような事を言わ
れたのだ。幻覚かと疑いたくなる。
だが、それにしてはあまりにも鮮明だ。
「幻聴はどんなものかは知らないけど、その類ではない気がする」
喜怒哀楽がはっきりと見え、声もしっかり聞こえていた。それでも幻なら、相当高度な幻だ
なと感じる。
雷牙は自分がいるこの花畑を、確認するようにぐるりと見回す。
ここは花が咲き、緑が生い茂っているが、今の環境からしてこんな土地は出来るはずもない。
もしかしたら、ここも幻想から出来た産物かもしれない。
だが、過去から持ってきたとしたら話は別だ。
「非科学的だね」
雷牙は笑えてきた。どこかの科学至上主義者なら全てを否定しかねないが、別にそうでもない
雷牙は変わったものが見れて楽しむような気分だった。
足元に生えていた花を摘む。よくよく見ると、この花は遥か昔に消え去った花に似ている。そ
う取ると否定する必要もない。
そうなると、いろいろと話がややこしくなる。
スエラの話は一気に許容出来ないぐらいの事ばかりで、頭がパンクしそうになり整理するのに
時間がかかってしまう。
堕天使の羽。
呪い。
どれもこれも、やっぱり現実とはかけ離れている。
それでも、実際に現実からかけ離れたものがここにはあるのだ。
雷牙はもう一度花畑を見て、ただ1度頷いた。
本当に、これが真実とは到底思えない。
だが、そうではなかったら、彼女はなぜここにいる?
なぜ40年前の人間が、少女の姿をかたどる事が出来ている?
「もう、信じるしかないよね」
雷牙はルアの存在を否定したくはなかった。
簡単に言えば、雷牙は科学で説明出来ないおとぎ話の渦に巻き込まれただけ。
それも卑劣なものだけを具現化する、最悪な運命の渦に。
話を折々思い出すと、最後の言葉が気にかかった。
「カムイさん?」
確かに、スエラは彼の名を上げていた。
雷牙の中で、カムイとくれば必ず上司を思い浮かべる。
それに次いで、白い髪と蒼い瞳が連想された。
「何で、気づかなかったのだろう」
今更ながらに気づく。カムイはルアの実の父だったのだ。
とすると、ルアの話をする時にあんな表情をするのも分かる気がする。なぜなら、父が娘を殺
せなんてそうそう言えたものではないから。
だけど、それは取り消せるものではなかった。そうでもしないと、世界のほうが終わってしま
うから。世界全員の命なら、1人の命のほうが代償は少ないから。
スエラは自分が巻き込まれる現実を受け止めて、娘がその渦に巻き込まれないように時間を渉
らせたのに、結局はまた渦に取り込まれている。
ルアの家族は、運命という鎖に縛られていたのだ。
「くそっ」
雷牙は舌打ちをする。
ここまでくると、運命というのを本気で呪いたくなる。
運命とはここまで悪質なのか、と嘆きたくなる。
だが、どうする事も出来ない。
雷牙は自身の両手を、すくうような形にして見る。限られた物しか破壊できず、自分を守る事
さえろくに出来ない両手。
それで、彼女たちの見放された運命を壊す事は出来ない。
特定出来ないものなんて、壊せるはずがなかった。
彼女が最後にたくした願いも、叶えられそうにない。
「僕の両手って、なんのためにあるんだろう」
ただ作業するだけの両手?
力なんて、ただの飾り?
重く考えた事なんて何度もある。ただ、いつもその答えは見つからず、闇に葬られていくだけ
だった。
結局は作業するだけの、力は飾りしかないもの。
「くそっ!」
舌打ちしながら、雷牙は湖がある方向に視線を向ける。身を切り刻むようなこの寒さでも、ま
だあの湖は凍る事を知らないはずだ。
思い出す。水を消した時の、自分の能力を無意味に確かめたその瞬間を。
「そうだ、例外があったんだ」
雷牙の元素破壊(メルトブレイク)は、その名の通り、元素を破壊する事が出来る。しかし、
それは物質を構成する元素という事にはならない。
ものがあるのに絶対必要な要素だ。
それが例外となる。例えば、水は元素で表すと酸素原子1つと水素原子2つの組み合わせで出
来ている。しかし、水は生き物が生きていくには必要な要素のため、存在をなくす事が出来
る。もっとも、それが混ざりあわったら元も子もないが。
今の現象もそれだ。空気は生き物が呼吸するには必要だ。雷だって、電気がなければ体に信号
が遅れない。火でさえも、熱量として必要になる。
元素破壊で言われる元素とは、水、雷、風、火の4つだ。
だが、例外が何になる?
「そんなもの、消す機会がないんだよ」
小さく、雷牙は自分の力に悪態を放つ。
そう、元素も結局は必ず何かと混ざり合っている。水なら不純物。風ならかすかな粒子。火な
ら燃えカス。雷はどうだったか知らないが、結局は消せない。
純粋なものなど、この世にはあるわけがない。いや、昔はあったかもしれないが、全てが狂い、
凍ったこの世界には残ってない。
だが、ごく稀に不純物が含まれていないものもある。あの湖の水が消せたのは、その内の1つ
なのだろう。
しかし、それが何だ?
結局は、彼女の悲痛な運命を壊す糸口にもならない。
雷牙が、絶望を感じるように下を向く。
その時、爆音が遠くから響き渡った。
「!!」
雷牙のそれまでの思考が一気に吹き飛んだ。
雷牙は飛び跳ねるように体を震わせ、その音源を確かめる。だが、どこにも事故を起こしたよ
うな跡など見渡らない。
まるで、音だけが鳴ったようだった。
「何か、嫌な予感がする」
雷牙は自然と足が出る。身の毛のよだつ恐怖が、それこそ全身から吹きだしてくるかのようだっ
た。
思い出す。彼女は殺されるべき存在だと。
そして、雷牙はそれを出来なかった。
それを、かぎつけられたら?
雷牙の足を動かす速度が速まり、歩幅もだんだん広がっていく。
――絶対に殺さなければいけないとして。
失敗と分かったら、別の人間が動き出すはず。
雷牙は既に駆け足となり、ある方向を急いでいく。
――その人間とは、誰だ?
雷牙の脳裏に、管理室で出会った黒服の男がよぎる。
「もし、あいつがきたら?」
彼女はどうなる?
「逃げる事など出来ない」
おそらくあの威圧した雰囲気に、ルアは足が止まるだろう。ましてや、ルアは自分の命を殺す
事に捧げている。
それらが導き出す道筋とは、1点のみ。
「くそ、ルア!」
雷牙は必死に彼女の名を叫びながら、小屋の道に戻っていく。
横腹が痛い。肺も、空気を締め出すように動いている。右足からは、少なくなったが依然流れ
る血が伝う。
だが、関係ない。
弱音を吐いたら、それこそもう戻れなくなってしまう。
時間なんて、手紙を書いた人間のように渡る事など出来ないのだ。それを失敗したからって、
やり直せるわけがない。
だから、悔いを残さないように、雷牙は駆け続ける。
雷牙は自分を粉砕するような勢いで、小屋にへと急いだ。
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